秋深く。。。

大野晋

さて、何から書いていこうか。

まず、先月の原稿を書き上げてから横浜の少し奥(山側)のこじんまりしたコンサートホールまで、コンサートを聴きに行った。新進気鋭の若手音楽家が集まった「山田和樹とその仲間たち(横浜シンフォニエッタというのがホントの名前)」のコンサートは若い音楽家たちが集まった非常にモチベーションの高い演奏会。近年、国内のオーケストラのレベルが上がったと言われているが、こういった若い人たちがうまく下支えをしているのだろうなどと、感慨にふけりながら聴かせて頂いた。有名指揮者コンクールで優勝した指揮者の山田さんの今後にも期待なのだが、それといっしょに意欲的なプログラムを作り上げたその仲間たちにも期待したい。ぜひ、忙しくなる若い音楽監督の留守に、様々なマエストロと他流試合をして欲しいと思った。そのくらい面白い合奏団体である。

世界を眺めてみても、非常に若い指揮者と新しい音楽集団が育ちつつあるように感じている。そういえば、むかしむかし、若きネヴィル・マリナーやホグウッドらも、新しい潮流(古楽器やピリオド奏法による演奏など)をアカデミー管弦楽団やエンシェントで作り上げてきている。30年ほどの年を経て、そろそろ、新しい潮流が若い演奏家から生まれてきてもいい頃合なのだろう。

非常に若い演奏に元気付けられていたら、今年のできごとを見直すようなCDに出会った。東京芸術劇場の休日の昼に都響が行ったインバルのベートヴェンの5番と7番のコンサートのCDが発売になった。その会場で、実際に立ち会った私は前方正面の席で、自分の上を運命がどどどどっという音を立てて流れていくのをただ呆然と聞いたのだった。冒頭の一音で、「こいつはすごい」と直感したものの、その後は音の洪水の中にただただ押し流されないように、うずくまっていた。冷静にCDで聴き返してみると、なるほど、と客観的に思えたが、やはり、あのときの実際に立ち会った感覚が思い起こされ、実演に立ち会うことの面白さを改めて認識する。何万円もする海外演奏家のコンサートもいいが、ぜひ、数千円でいいので、国内の音楽家の様々なパフォーマンスに触れるのも実際的でお勧めしたい。いや、近年の演奏レベルの向上で、意外にコストパフォーマンスの良い体験が得られるだろうと信じている。

話は変わるけれど、最近、システムについて勉強をしている。社会学に起源をさかのぼり、システム工学と情報システムの歴史に下るあたりのつじつまを付けるべく、知識を集めては縫い合わせるのが目的だ。まあ、勉強と言っても、目的としては概要を理解してリファレンスを作るだけなので、関連図書を拾い集め、斜め読みをしながら知と知をつなぎ合わせる作業をしているだけなのだが、この作業に都合の良いものと都合の悪いものがいろいろとある。まず、都合の良いものとしては、インターネットの書店の検索機能はすこぶる都合が良い。書評を読みながら関連ありそうな書籍を串刺しにしたり、横並びにしたりしながら拾い集めて取捨選択することに関してはインターネット、ことにネット書店の存在は大きい。効率よく集まってくる。逆に都合が悪いのは、リアルな世界の図書館や書店の使い勝手がすこぶる悪い。ひとつは検索機能がないこともあるが、小さなところでなくても、大規模書店や大きな公立図書館であっても、網羅的にリファレンスの対象となるような書籍が揃っていないことだろう。いったい、あの書棚に何を置いているのか不思議になるのだが、単純な読み物はあっても、過去の知を溜め込んだような硬い書籍の在庫はあまりない。もうひとつ、最近の悪い傾向は、インターネット書店で書籍を拾い集めると最後は買うしかないことだ。こうして、置き場所もないのに書籍があふれかえることになる。図書館にあったとしても、何年も借りっぱなしにするわけにもいかないのだから、仕方がないのだが、いやはや大変なことだ。

最近、自炊と称して、本を解体してPDFに焼く行為がブームなのだそうだ。本という形が好きな人間には壊すこと自体はあまり進められる行為ではないのだが(そういえば、青空文庫用にスキャンしやすく壊れている分厚い本が何冊か持っているけれど)、本の置き場所と言うことを考えても、また資料として多くの書籍を持ち歩きたいと言う要求から考えても、電子化に反対できるものではない。著作権団体などは自炊(書籍の電子化)を請負う業者に訴訟を起こそうなどという動きもあるそうだが、全ての書籍の著作権が有効なわけでもないだろう。その前に、書籍が探せない、置けない状態にあるのだから、自分たちも電子化を進めた方がいいように思えてならない。根こそぎ利益を得ようと欲張れば、かえってチャンスを逃すことになるように思える。

近江商人は江戸時代より商売に長けていたと言われるが、その根本は情報にあったとされる。その近江商人を表す言葉として「三方よし」というものがある。

売り手よし、買い手よし、世間よし。

全員が自分を譲らなければ三方よしにはならず、お互いの利益を譲り合いながら一番よいバランスをとるという商いのコツなのだそうだ。著作物を作るクリエイターにとっても出版、書店にとってもいい、そしてそれを買う購入者にとってもいい、それだけでなく、クリエイターもしくは思想家の作った著作物を後世まで語り継ぎ、発展させることができことで社会にとってもいい、少しずつ権利を譲り合って、一番よいバランスを探ることが今の著作権ビジネスには求められているのではないかな?

さてさて、いよいよと師走になり、誰かに追い回されるようで忙しい毎日。
みなさま、お体にご注意を。