本を巡るいくつかのこと

大野晋

最近、本に関して考えたことをいくつか。

書籍不況と言われる中で、推理小説だけは売れ行きがましなようで、最近の書店の店頭は猫も杓子もミステリーばかりが目立つようになっている。その中でも、若者用のジュブナイル分野の売れ行きが良さそうで、殺人がごろごろ起きるようなミステリーよりも日常的なネタを扱ったミステリーが多くでているように見受けられる。そんなことを考えながら、さらに周りを見回してみると、コミックの分野で面白いことを考えた。

年末の特集番組で、人気コミック(というかアニメでもあるが)の作者が紹介したことで一気に市場在庫が消えうせた新川直司の「四月は君の嘘」が日常のミステリーにあたるのではないか? と思い当たった。内容は仕掛けのために書けないが、一度通して結末まで読むと二度目の登場人物たちの立ち振る舞いに違う面が見えるという趣向のこのコミックは分野として、ミステリーに分類してもいいような気がしている。実に興味深いコミックだと思う。

年末も押し迫って、植物図鑑である平凡社の「日本の野生植物」が30年ぶりに改訂された。今回の改訂では、従来、草本編、木本編と2分割の上で、エングラーの植物分類に従って、双子葉植物、単子葉植物と分けて、前者を合弁花、離弁花の2分した構造をしていたものを、全部をひとつにまとめて、葉緑体の遺伝子情報に基づいたAPGⅢ分類による分類に改められた。

植物の分類情報を利用する立場の場合、基づく情報はなるべく新しく公にされたものの方がよいため、早速、全5巻揃えると、十数万円する図鑑の第一巻を入手した。
今回の改訂では、実は入手前に気になっていることがあった。前回の分冊では、木本編と草本編という分類学上の分類というよりも形態上の分類によって分かれていたうえで、植物の外見上の違いによって巻が分かれていたために、実務上の利便性はとても優れていた。これが1冊1万円以上する高価な図鑑にも関わらず、一般に受け入れられた理由であったようにも思うが、今回は外見上の形態分類ではなく、遺伝子情報を重視したために、外見から探す巻を特定することができなくなるような事態が予想されたからだ。

第1巻を入手した印象は、事前の不安は現実になったように思われた。これまでのエングラーともクロンキストとも違う配列は、植物の外見によってどこに並んでいるのか予想がつきにくく、図鑑としてその点について配慮されているようにも思えなかった。

図鑑というものは、基本的に植物目録ではない。日本の図鑑であれば、日本に生えている植物をそれがなにであるのかが的確に特定できるインデックスでなければならない。第1巻だけを見た限りでは、とても特定に対する配慮がされているようには見えず、特に今回大幅にアクセサビリティの低下している科レベルへのアクセスはお世辞にも考慮されているとは言えないものだった。本来なら、図鑑として最初に提示すべきポイントがなかったことが残念だった。

図鑑の宣伝文句も、改訂のポイントとして、APGⅢの採用が東京国立科学博物館の標本庫が採用しているという権威づけとしか思えないものだったり、また、別冊として提供されるとされた総索引も実際には改訂前であれば必要のないものだったのに、今回の改訂で分割されていた形態による分類を無理矢理に一体化させたことにより発生した問題の対応で必要になっただけだったりと腑に落ちないもやもやが強く残った。図鑑は植物分類の成果を収めたものであるのとともに、利用者であるその分類を使うユーザへの利便を図るべきもののはずだと思う。その点が、この図鑑の改訂には足りないように今のところ感じる。

まあ、まだ、アマゾンで予約の受け付けも始まらない第5巻で全ての心配と不満が払しょくされるのかもしれないので、それまでは待ってみようと思う。

最近、書店が減っている。少なくとも、不満の少ない書店が減っているように感じる。最近の書店での問題点についてはまた次の機会にしましょう。