しもた屋之噺(226)

杉山洋一

今日からミラノは、都市封鎖のレヴェルがレッドゾーンからオレンジゾーンに緩和されました。良く晴れた静かな深秋の朝です。晴れていても、陽の光が弱いせいか、風景から色味が抜けて、薄く見える気がします。
オレンジゾーンに緩和され、一般店舗と中学生の対面授業が再開し、市内の往来が自由になりました。喫茶店とレストランは相変わらずテイクアウトのみの営業で、市を跨ぐときは今までと同じように証明書が必要ですから、クリスマス商機を見据えた経済緩和策なのでしょう。
まるで正解のない世界に、足を踏みこんだ気がしています。正しいことを目指すにも、何事につけ反駁するに余りある情報の渦に翻弄され、我々の神経だけがすり減り、体力を奪ってゆくようです。
インターネット時代に入って、落ち着いて答えを待つ精神的余裕すら失くしていた我々から、コロナ禍は将来的展望すら奪っていきました。このままでは全てが刹那的に処理され、判断される日々に飲み込まれてしまうのではないか、そんな畏れに薄く慄いてもいます。

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11月某日 ミラノ自宅
明日から学校で指揮のレッスンが始まるが、ジェノヴァに住むマルティーナから、電車でミラノまで出かけるのが怖いと連絡があり、急遽レッスンを入れ換える。都市封鎖になったとしても、学校の対面レッスンが続けられれば、むしろその時の方が電車も管理が行き届いているはずだから、安心してミラノに行けるだろうと言う。なるほど、当然の発想だ。いつ封鎖になるか分からないので、一日でもレッスンを受けさせてやりたい、と思うのは、やはり間違っていたと反省。
新感染者数29907人。死亡者数208人。PCR検査陽性率はイタリア全国平均で16.3%。ロンバルディアに限って言えば21.7%まで数値は跳ね上がる。都市封鎖にならない方がおかしい。

11月某日 ミラノ自宅
新年度初めての指揮レッスン。今日は、指揮伴奏ピアニストに家人も入っていて、二人揃って自転車で出かける。偶然、今日のもう一人のピアニストも木村さんだったので、教室は日本人ばかりになった。長年務めているが、初めての経験。
先週までは、ピアニストも学生も、社会的距離は存分にあるとマスクは外していたが、今日は誰も外さない。家人も久しぶりに他の人と演奏出来て多少は気分転換になっただろうか。出かけられず、誰にも会えず、ずっと家に籠っている生活は精神的に良くない。
学校は相変わらず人気がなく、学生たちも、心なしか、どこか少し緊張しているように見えた。感染を恐れているというより、今日でレッスンが終わるのではないか、これから先一体どうなるかという、先の見えない漠とした不安かも知れない。教師としても、行先の見当がつかない航海に漕ぎだした感がある。
新感染者数22253人。233人死亡。今日も陽性率は16.3%。

11月某日 ミラノ自宅
悠治さん「フォノジェーヌ」の新スコア製作をお願いしているアメリカの大西君より、これから投票に出かけるとのメール。自転車を漕いで、ミラノの反対側までISEE証明書を受取りにゆくと、以前息子が黙役で劇場から受取った給金申告証明書が欠けているとの指摘。息子の学校の授業料のためのISEE証明書だが、再度最初からやり直し。
サンドロが高熱を出し、検査を受けると陽性だった。彼は70歳以上だし、ヘビースモーカーでペースメーカーも付けているから、周りは揃って気を揉んでいる。タッローネとスタンウェイ、2台ピアノがある彼の家を借りて、週末は定期的に個人レッスンをやってきて、気が付けばもう20年近くなるのではないか。親戚のような付き合いで、彼は何時でも使えば良いと言うが、今は到底無理だ。

息子曰く、来週に予定されていた日本人学校の英語討論大会を、緊迫した情勢を鑑みて、急建てながら今日の午後に慌てて実施したと言う。中学3年生は全部で5人。そのうちの一人、太郎君は受験で10日後には日本に戻らなければならない。対面で討論大会をするには今日しかないと息子が提案したそうだ。
新感染者数28244人。死亡者数353人。陽性率15.49%。

11月某日 ミラノ自宅
朝起きて、玉葱のパスタを作り、家人とナポリ広場まで少し歩く。チビカ指揮レッスン2日目。ミルコのレッスンの最中、どうにも内省的で表現が小さいので、何故こんな時に音楽をやり、感染の危険を冒して学校まで来て、ここで振っているのか、考えてほしいと言う。レッスンも今日で最後かも知れない。一期一会と思って、限界を考えたり、人への妙な気遣いはやめ、自分の全てを表現して振って欲しいと頼むと、音楽は劇的に変化した。
今朝コンテ首相が同意した新首相令の内容が、なかなか発表されないので、レッスン中も皆気を揉んでいた。
午後3時ころ、学校を経営する財団より教員に一斉メールが届き、すわ休校かと思いきや、単にCovidに注意喚起を呼びかける連絡で、ピアニストの一人、マリアは学校閉鎖は回避されたのよと喜んでいる。
彼女は、今晩は友人宅で夕食だと大きなシャンパンを昼休みに買ってきて、冷やすため、窓の外に置いている。この時世に友人宅で晩餐など、他人事ながら大丈夫かと少し心配になる。
午後レッスンにやってきたベネデットは、遠隔レッスンがとても辛いと言う。彼はピアノの担当教師がローマに住んでいて、ミラノに来られないため、スカイプでレッスンを受けている。
ここ暫く、教室の鍵のかかる戸棚にレッスンに使う自分のスコアやピアノ譜など一切を置きっぱなしにしていたが、今日のレッスンの後、暫く悩んでから、結局家に持って帰った。
夜、家に帰ると、首相令の詳細が発表されていて、芸術専門学校も一律遠隔授業と明記されていた。絶望的な心地9割に圧し潰されそうになりながら、ほんの微かに、学生を感染させる不安から解放された心地もする。
スカラ初日中止の正式発表もあった。大戦中1943年以来の出来事。夜、生徒のジャコモよりメール。「今度は皆に何時会えるのでしょうか」。悲劇的な口ぶり。
本来は彼は今日がレッスンだったが、パートナーが陽性と分かり、自宅待機になってしまった。浦部君は、行動制限が本格化する前に、明日昼のフライトでミュンヘンの柘植さん宅へ発つ算段を立てた。皆が散り散りになってゆく。ノヴァラからミラノの国立音楽院に転院した息子は、今日が最初のレッスンだったので、自転車で出かけた。
新感染者数30550人、陽性率14.42%。ICU67人で死亡者数352人。
眼前の闇の中から、漆黒の大波が、静かに迫ってきている。

11月某日 ミラノ自宅
昨日16時に学校より遠隔授業との連絡あり。同じミラノでも国立音楽院は対面授業、対面レッスン継続を決定。ノヴァラの国立音楽院も対面授業を続行と言う。夜、生徒のGから明日が授業料の支払い期限だが、今後レッスンはどうなるだろうとのメール。Bからは、学生組合代表として明日学長、財団と談判しますと連絡がある。
サンドロの妻のナディアも陽性判明。彼女は、90歳を超える自分の母親に感染させたのではと心配している。
隣のアリーチェも同僚が陽性だったので、濃厚接触者として家族と離れて一週間暮らした。
朝パンを買いに行くと、馴染みのパン屋の妙齢が、これからも私たちはいつも通り、ここに居ますから、と少し諦めたような笑顔で呟いたのが印象的に残った。
新感染者数37809人で陽性率は16.14%。ICU新収容者数は124人。446人死亡。

11月某日 ミラノ自宅
夕刻、バイデン勝利のニュース。息子は封鎖後初めての国立音楽院レッスンに出かけ、こちらは耳の訓練クラスの遠隔授業。皆とてもやる気がある。ミラノやノヴァラと違って、コモの国立音楽院は閉鎖しているそうだ。国と州が出した令状に対し、遠隔授業にするか、対面授業を続行するか、それぞれの学院長が、自らの解釈で采配を揮う。そのため、教育事情は酷く混乱している。
市立音楽院の学院長より、出来るだけ早くに対面レッスンを実現させたいとメールが届く。新感染者数32616人。ICU115人。死亡者数は331人。昨日は新感染者数39811人、ICU119人、死亡者425人だったから、押しなべて見れば、横ばい状態か。

11月某日 ミラノ自宅
夏前にスキャンで送った請求書の原本を郵送するため、郵便局に出かける。人数制限のため、郵便局の中では待てない。郵便局の入口から社会的距離を保って、道端に人がずらりと並んでいる。寒空で待つこと30分以上、漸く入口まで辿り着く。これが極寒だったり、雨が降っていれば簡単に風邪を引く。
実効再生産数Rt値は1.7まで減少したが、1以下でなければ収束しないとも聞く。イタリアのどの地域も1以上で、2に達する地域もある。
昨日は朝10時から夜8時半まで遠隔授業で困憊。明日以降の学校の対面レッスンの行方は不明。文部省のインターネットサイトに、学校授業体系に関する新しい文部大臣令が出るのを待っていると学長より連絡あり。

アブルッツォ、バジリカータ、トスカーナ、リグーリア、ウンブリアの各州がオレンジゾーンとなり、ボルツァーノがロンバルディアと同じくレッドゾーンとなった。新感染者数は35098人で、昨日まで17%を超えていた陽性率は16.11%に減少。ICUには122人収容、580人死亡。
身体から力が抜けてゆく感覚は、3月と同じ。既視感と諦観をこめて日々の報道を追う。
ブレラ美術館のラファエルロの部屋を懐かしく思い出す。初めて見た時から、ピエロ・デルラ・フランチェスカと記憶が結びついているのは。神殿の構図と、静的な祝祭感のためか。階下で、息子がリストの「婚礼」を練習していて、賑々しい鐘楼の響きが哀愁を誘う。

11月某日 ミラノ自宅
昨日は時間ぎりぎりまで学校の対面レッスンの再開を期待していたが、最終的に不可能と分り、改めて落胆。
ミラノ国立音楽院では現学長のクリスティーナが一貫して対面授業を推進しているが、同じミラノの音楽学校でありながら、あちらでは正反対の問題が生まれている。
市立音楽院で、教師や学生組合が学長や財団に対面授業再開を強く求めているのに対して、国立音楽院では、多数の教師が、学校側が教師や学生の健康を蔑ろにしているとクリスティーナの決定に反対、一時転出を希望し、実際多数の教師が一時的に別の音楽院に移動した。
そのため、当初一律対面授業継続を表明したクリスティーナも、各教師の判断に基づき、対面授業、レッスンを継続、と妥協せざるを得なかった。
全国一律の都市封鎖は回避されたようだが、プーリア、リグーリア、エミーリア、ヴェネト、フリウリがレッドゾーンに加えられる可能性があり、感染拡大の頂点は11月27日と予想されている。昨日は新感染者数32961人、陽性率は14,6%に減少して、死亡者623人。今日は新感染者数37978人で陽性率16.18%。ICU89人で死亡者636人。

11月某日 ミラノ自宅
鈴木君からの情報で、悠治さんの「橋II」はツェンダー指揮、オランダ放送室内管弦楽団の演奏で、日本でもラジオ放送されていたと知る。聴いてみたいが、1月の本番が終わってからの方が良いだろう。もちろん悠治さんは演奏されたことはご存じなかった。悠治さん曰く、ツェンダーとは日本で会ったことがあるそうだ。
高校生の頃から、ツェンダーとマデルナは、指揮ができる素晴らしい作曲家という印象を抱いていた。当時は、ブーレーズは、指揮者よりむしろ作曲家、特に自作を指揮する作曲家だと思っていた気がする。それでも、ツェンダーのオーケストラ曲は、レコードを持っていたので随分聴いたし、彼の指揮したクラシックもルネ・レイボヴィッツの「グレート」と同じく、とても気に入っていた。当時は自分が指揮するとは露ほども想像していなかったから、単純に感嘆していたに違いない。
後年ミラノでアンサンブルを作る手伝いをした時も、当初の希望は、何時かツェンダーに振ってもらえるアンサンブルを作ることだった。それもあって、イタリアでは殆ど演奏されていない、ツェンダーの室内楽曲を何曲も取り上げて演奏した。

文部大臣令による対面授業再開は、ディプロマ課程のみに制限され、未だクラスは再開できない。新入生には、課題のミクロコスモスをメトロノームに併せて、歌いながら指揮したヴィデオを送ってもらう。
新感染者数40902人。ICU60人で、死亡者数550人。

11月某日 ミラノ自宅
朝、息子を国立音楽院まで送っていき、帰宅後、遠隔授業。ロンバルディアのPCR陽性率は、昨日の19.1%から22.8%に増加。何という事だ。既にアルトアディジェの救急病院は、受付が生命に危険がある場合のみに限定された。病床が逼迫している。階下から、息子が譜読みしているベートーヴェンのテレーゼソナタが聴こえる。不思議な調性の窓から見える外の風景は、古いすりガラスを向こう側のように、かすれ、そしてぼやけて見える。
全国の新感染者数37255人、陽性率は16.36%。ICUは76人で、死亡者は544人。

11月某日 ミラノ自宅
平山美智子さんのための「海に」送付。基になっているフォーレの「海は限りなく」は1921年、100年前、スペイン風邪が収まったころに書かれた。
昨日の発表では新感染者数は27335人だが、陽性率は18%に上昇し、死亡者数504人。反して今日は新感染者数は32191人で陽性率は15.47%に減少。ICUは120人で、死亡者数は731人。思わず溜息が出る。

11月某日 ミラノ自宅
昨晩送った楽譜を確認しようとピアノで弾いてみると、何かに似ている。日々の暮らしを縁取る、無数の救急車のサイレンにそっくりだった。ミラノの祭りO bej, O bej中止。
ポロ葱のパスタをつくる。沢山のポロ葱に、一つまみの鷹の爪を入れて丹念に炒め、トマトとトマトソースを足して煮込む。食べる時にペコリーノチーズを存分にかけて食べる。パスタの茹で汁を少しずつ差しながらコクを出し、パスタの最後の1,2分はソースの中で仕上げる。
新感染者数は34283人で陽性率は14.6%。死亡者数は753人。数字に対して感覚が麻痺してきている。東京での新感染者数が493人と聞き、驚いている。

11月某日 ミラノ自宅
安江さんの企画のための、ブソッティのテキストによる新作。原さんの木琴ピンポンが時間軸を紡ぐ。昨日は新感染者数37424人で陽性率15.64%、今日は新感染者数34767人で陽性率は14.66%。カーブの頂上から少しずつ下降が始まった。Rt値は1.18まで減少。どう自分が抗っても無意味でしかない、気の遠くなるほどゆったりした時間の流れ。それこそ、我々が長く忘れていた何かかもしれないと思う。

11月某日 ミラノ自宅
ドナトーニ「最後の夜」ヴィデオ収録リハーサルのはずが、家を出る5分前にピアノのルカより連絡あり。別の曲で参加するはずだったパオロが発熱、PCR検査の結果陽性となり、他のリハーサルで一緒に演奏したヴァイオリンのロレンツォやチェロのジョルジョが濃厚接触者と判断され、今日のリハーサルは中止。彼らの緊急PCR検査の結果を待って、今後の予定を決定とのこと。
パオロは、イタリアでNegazionista否定主義者と呼ばれる、Covid非認知主義を唱えていたらしい。高熱が出たので、今朝リナーテ空港の緊急PCR検査を受けてきたそうだ。尤も、非認知主義者とは言え、家族もいるパオロが封鎖期間中にどこに出かけられる筈もなく、せいぜい、中学校に通う娘が学校で貰ってくる程度しか可能性はないだろう。
ともかく現在この感染状況を落ち着かせられなければ、1月イタリアは酷い第三波に見舞われるとの予想。遠隔授業に反対する中高生は、学校の壁の外で、毛布に包まってタブレットで授業を受ける。
新感染者数は28337人で陽性率15.01%。ICU43人、死亡者数は562人。

11月某日 ミラノ自宅
ブソッティが書いた「娶られた少年」の原詩が余りに生々しく、訳出すべきか迷う。ブソッティ風の言葉遊びは出来ないものかとも悩んでいる。
じゃが芋と玉葱、セロリとトマトを煮込んで、そこにパルメザンチーズの外側、硬くて食べられない部分を放り込んでとろみを出し、パスタは中で直接茹でてアミド質を染み出させて仕上げる。鷹の爪も少し入っていて、ペコリーノチーズを沢山かけて食べる。随分量を作った積りが、家族三人で一気に食べきる。冬の味覚。

この状態が続けば、音楽の形態も否が応でも変化するに違いない。オーケストラのような大人数の演奏形態は、様々な理由で練習回数は減るだろう。1回でもリハーサルが多ければ、感染のリスクも上がり、コストも今まで以上にかかるから、当然小規模なオーケストラが好まれる。
既にかかる傾向は認められるが、現在不可抗力とされているものも、少しずつ自然な欲求の中に溶け込んでゆくのではないか。

新作の傾向も演奏会の企画も、少ない練習回数が絶対条件になり、演奏者の感染を想定すれば、名人芸は不必要になり、演奏者が入れ替えられる便宜が優先されるかも知れない。長い年月の間に、管楽器や歌は、現在と別の場所で演奏されるようになるかもしれない。
オーケストラのピット演奏は廃止され、歴史的オペラ劇場には揃って抜本的な換気対策の措置が義務付けられ、平土間席にオーケストラを置かれるようになるか、バレエのように、録音でオペラを上演するのが当然となる可能性も、皆無ではないだろう。
尤も、その頃には、仮想現実モニターで、実際に目の前でオーケストラが演奏している心地は味わえるようになっているのだろうけれども。

11月某日 ミラノ自宅
今日はドナトーニ「最後の夜」リハーサル。中華街を抜けて、Music Hubへ自転車で出掛ける。あまり封鎖下の都市、という印象は受けなかった。喫茶店はテイクアウトの営業しか許可されていないので、そこが普段と様子が違う。
広大なMusic Hubはがらんとしていて、幼稚園児ほどの子供を連れた親子連れが何組か中庭にいただけ。パオロとソニアは、長男のジョヴァンニを連れてきていて、控室で中学の遠隔授業を受けていた。リハーサル中、控室から「先生!」と元気な声が聞こえてくる度、皆で声を出して笑う。
ドナトーニは、4曲目最後の歌と管楽器の部分、Mor…toの歌詞で、アンサンブルの色を消し、装飾音の吹き方を歌手に近づけてみると、今までとは全く違う凄みが浮かび上がる。

今日の新感染者数は23232人。随分と減った印象だ。陽性率も、12.31%にまで減少した。ICUは6人。死亡者は後から押し寄せてくる。853人。ここ数日毎日3人ほどの医療関係者が亡くなっている、との記事も読んだ。
新感染者数が減少しても、死亡者数が多いのには衝撃を受ける。頭では理解しているが、まるで背後で巨大な鞭がしなっているようで、酷い音が立つ度に無数の命が斃れてゆく。
太田さんよりメールをいただき、平山さん追悼演奏会延期を知る。

11月某日 ミラノ自宅
悠治さん「たまをぎ」の初演譜合唱部分が完全な形で発見された。前に見つかっていたのは、再演時のもので、指揮者は田中先生一人。初演時はオーケストラを若杉先生が担当し、合唱を田中先生が担当して、都合二人の指揮者がいたと言う。その時の合唱譜が見つかったことになる。初演時のオーケストラはN響だったそうだが、以前小野さんがN響のライブラリーを探した際には、オーケストラ譜は消失していた。
新感染者数25853人、死亡者722人。

11月某日 ミラノ自宅
フォンターナ州知事、ロンバルディアのレッドゾーンからオレンジゾーンへの変更発表。
ベルゴニョーネ通りのBaseにてドナトーニ「最後の夜」収録。
パオロのところの一番下の娘アンナは、この9月から小学校に就学した。他の兄弟と違って、アンナはマスクと社会的距離の小学校生活しか知らないので、マスクを忘れることもなく、当然のように人と距離を取って暮らしていて、親は複雑な気持ちだと言う。
新生活様式で生まれ育った世代は、その前の世代とどう折合いをつけてゆけるのだろう。全ては手探りで、恐らく正解など存在しない。
そんな中で録音されたドナトーニの「最後の夜」は、実に激しく、心にせまりくるものがあった。
香港で民主派活動家収監。エチオピアで政府軍による虐殺。アルメニア・アゼルバイジャン戦闘激化。中国でモンゴル語使用制限。タイの反政府運動激化。春に作曲しながらささやかに祈っていた平和はどこにあるのだろう。
新感染者数は28352人。陽性率は12.73%。ICUマイナス64人。死亡者は827人。
日本人学校は来週初めから対面授業再開とのこと。指揮クラス、対面レッスン再開は、学長は、出来るだけ早急に再開したいと努力しているそうだ。
リスが毎日庭に来るようになった。樹の下に長年雨曝しになっていた壊れた木椅子を置き、そこにピーナッツや野菜を少し入れてみた。

11月某日 ミラノ自宅
アメリカの大西君が振った、Evan Chambersの「The longing for the peace in the garden of lost children」。戦争に斃れた罪なきアフガニスタンの子供たち。
アメリカらしい音。「アパラチアの春」の冒頭の立ち上るような、朝霧のような懐かしい讃美歌のような響き。イタリアのようなカトリックの国に長く暮らしているせいか、アメリカを訪ねると、思いの外清教徒的な、素朴で敬虔な宗教観が現在も息づいていて驚く。コープランドは清教徒ではなかっただろうが、アメリカ音楽は、清教徒文化と、アメリカが利用した黒人文化に最終的には収斂されるのかもしれない。
「失われた子供たちの庭で、平和をねがう」
とても好きな演奏だった。大西君の指揮は丁寧に音に寄り添っていたし、耳の良さが際立つ。だから演奏者も耳を澄ましている。特に無音で沈黙を聴くところは、素晴らしかった。新感染者数16377人。陽性率は12.5%。ICUはマイナス9人。死者672人。
 
11月某日 ミラノ自宅
夢の構造。何度となく都市封鎖下で暮らす夢をみている。夢の都市封鎖で苦労する自分を、夢だと思って眺める夢の中の自分がいて、都市封鎖は大変だ、などと思っている。夢から覚めると、夢ほどではないけれど、相変わらず街は封鎖されていて、夜明け前の暗闇のなか、遠く対岸のアパートに、気の早いクリスマスの電飾が静かに浮き上がる。
(11月30日ミラノにて)