しもた屋之噺(286)

杉山洋一

日本初の女性首相が誕生して、今まで政治にも興味を示さなかった息子ですら、食事の度に率先して日本のニュースをつけるようになり、高市さんの影響力に感嘆しています。
おそらく彼の友人たちの間でも、こぞって日本の新内閣が話題にのぼっているのでしょう。新首相と関係あるのか、1ユーロ155円だった今年2月から円安はますます進み、今月末178円24銭にまでなりました。ミラノの日本人の間でもかなり生活に負担がかかる、深刻な状況だと聞きました。
そんな毎日ですが、「えんびフライ」、それとも「えびフライ」と言うの、と昨夜、食卓で息子が不思議なことを尋ねるのでよく聞けば、彼が日本の友達から教わった三浦哲郎の「盆土産」の一節の話で、明日11月1日はイタリアの盆休み、家族揃って墓参する日だったのを思い出しました。

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10月某日 ミラノ自宅
学校の職員全体のオンライン会議。ガザからのパレスチナ難民の学生を、我が校でも引き受けるとの報告。特例での待遇とのこと。聴覚訓練クラスには来学期から誰か編入されるかもしれない。一面灰色の瓦礫の街からイタリアに逃れ、それでも音楽をやりたいと思う人がいることに内心愕いた。現在、ガザはイスラエル軍に包囲されている。

10月某日 ミラノ自宅
朝7時43分カドルナ発の北部鉄道でコモ湖駅へむかう。駅の喫茶店でピーターと落ち合って、揃って公証人のところへ向かった。公証人は二人。一線を退いたと思しき老人と、その息子は丁度同じくらいの世代か。ピーターがロンドン生まれだと知ると、ロンドンを訪れたときの話をしきりにしたがり、こちらが日本人だとわかると、老人の父親が大戦後まもなく日本を周遊した昔話を夢中になって語っていた。最初はてっきり商用で日本を訪れたとばかり思っていたが、観光旅行だというから、相当潤沢な暮らしを営んでいるのだろう。
バスターミナル前のレバノン定食屋でピラフを食べ、エルノでピーターから一通り説明を受けて、夜は国立音楽院にむかう。今晩から、パレスチナ支援を掲げ、イタリアの労働組合は2度目の24時間ゼネストに突入。ガザへの支援物資を積んだグローバル・スムード船団をイスラエル軍が拿捕したことに抗議すると表明。船団には、イタリアの国会議員4人が乗船。帰国したアルトゥーロ・スコット(イタリア民主党)、マルコ・クロアッティ(五つ星運動)、欧州議会のベネデッタ・スクデーリ(緑の党と左翼同盟)、アンナリサ・コッラード(イタリア民主党)らが、イスラエル当局から虐待を受けたと糾弾。イスラエル軍や強制送還の機内での扱いについて、インタビューで詳細に状況を説明している。ボローニャ、フィレンツェは中央駅が占拠され、国鉄の運行が中止。ブレッシャ中央駅も線路にデモ隊が雪崩れ込んだ。トリノでは工場が占拠され、ボローニャ大学、ミラノ大学も占拠された。各都市で数万人規模の街頭での抗議活動激化。
同船団には、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリも乗船。イスラエル人と分かると、レストランなどで入店を拒否される場合もある、と息子が話していたから、既に彼らの世代でも状況は切迫してきているのがわかる。夏前、ドゥオーモ周辺で若者たちがミラノ大学へ向かってパレスチナ支援の行進をしているのを見たが、息子はそのデモ行進に抗議するイスラエル人観光客とデモ参加者との小競り合いを見たらしい。今日でもイスラエル人観光客は抗える状況にあるのだろうか。ミラノ大学の社会経済学部はヴェルディ音楽院のほんの2、30メートルほど手前の斜向かいにあって、「パレスチナを解放せよ」と書かれた巨大な垂幕が下がっている。

10月某日 ミラノ自宅
瀬尾さんと加藤君が4手曲を再演してくれるそうなので、気になる部分に手をいれる。15年前に書いた自分の楽譜を引っ張り出してみると、今とは全く違って、使っている音が明るいことにおどろく。基本がメジャーコードだから、重ねてあっても響きは基本的に開放的に響くのだろう。
イタリアでイスラエルのガザ侵攻がこれだけ批難されるのは、国連でガザ地区の特別報告官を務めるイタリア人法学者フランチェスカ・アルバネーゼの発言の影響も少なくないのではないか。10月7日のハマス・ネタニヤフよりずっと以前から、新聞やテレビのニュースで彼女の発言がたびたび大きく取り上げられている。日本における緒方貞子のような存在なのだろう。夫と子供が二人いるところまで同じだ。
イスラエルのみならず、イタリア政府への厳しい批判を含めアルバネーゼの発言は一貫して直截だが、イスラエルや米国が彼女を批判する勢力が彼女を押しとどめようとすればするほど、彼女への信用は高まり、彼女の動向が注目されてきた。ハマスとイスラエルが、トランプ大統領の和平計画に則り、停戦、人質、捕虜などについて仲介国エジプトで協議開始との報道。

10月某日 ミラノ自宅
息子は昨夜からフィエゾレのオーディションに出かけている。フィエゾレの宿は高いので、フィレンツェ、場末の小さな宿を予約して、駅からも宿からもほど近いサンタントニーノ通りの中華「隊長麺館」の場所を教えた。ガザから解放されたイスラエル人の人質が乗る赤十字のバスの映像。バスを囲む群衆たちは何を叫んでいたのだろう。たとえ脆い停戦であれ、実現し人質を解放したトランプの手腕には脱帽する。他の誰もできなかった。

10月某日 ミラノ自宅
イスラエルからやってきたアリス、初めてのレッスン。とても恥ずかしそうに上目遣いの、それも少し泣きそうな顔で微笑みながら振るのが印象的だ。振り始めると、とても音楽的で、優しい音がする。あまりにはにかんでいるから、「歌う」ことまでは到底できないが、彼女の身体の中にある音が、とても豊かなことは確かだ。イスラエルで兵役をやってきた、と以前話していたが、目の前の消え入りそうな妙齢が、機関銃を下げて軍服を着て歩いている姿は、どうしても想像できないのであった。
彼女が帰った後、クラスでは軍需企業のレオナルドで戦闘機を作っているシモーネの話になり、それを知ったら、アリスが大喜びする、と大笑いしたので、それは冗談にもならない、と軽く諫めた。彼女がクラスに入って、テルアビブから来ました、と自己紹介をしたとき、誰ともなく、ああ、と薄い嘆息が洩れたのは忘れられない。とは言え、今後誰もアリスを批難することはないだろうし、彼女に非がないのも分かっていて、殆ど無意識に口をついて出た溜息は、おそらく、アリス自身が、イタリアで暮らす中で毎日何度なく聞いているに違いない。
たとえば中国からの留学生に、あからさまに横柄な態度を取る同僚もいて、言葉も分からない癖に、どうせ修了証書だけ欲しいだけだ、みたいに言われると、つい学生が気の毒になるのだが、そういう見下した態度とは全く違うのである。イスラエル人、と言われたとき、否が応でも歴史的に問題に関与し、片足を突っ込んでいるイタリア人としての無力感、後ろめたさ、ともすれば誰に対してというのでもない怒りのようなもの、それらが殆ど無意識に混濁した反応は、たとえ停戦が実現しても、当分消えることはないのだろう。
エジプトのシャルムエルシェイクにてエジプト・シシ大統領、トランプ大統領共催の中東和平サミット開催。人質解放、パレスチナ人捕虜の釈放、ガザの戦闘終結に調印。トランプ大統領、マクロン大統領、スターマー首相、エルドアン大統領、その他アラブ諸国の首領らとともに、メローニ首相参加。イスラエル、ハマスは出席していないが、先月の米国入国を拒否されたパレスチナ自治政府のアッバス議長がトランプ大統領と握手。メローニ首相は「今日は歴史的な日であり、イタリアが今回のオペレーションに強く関与していることを誇りに思い、今後の復興にも積極的に関与し、治療を必要とする子供たちが、イタリアでの治療が受けられるようにもしていく」と発言。彼女を含むヨーロッパ各国の首脳らは、アメリカの大胆な采配で訪れた停戦を、内心どんな心境で受け止めているのだろうか。

10月某日 ミラノ自宅
週末の授業で一回目だったからか、出席する学生も少なかったので早めに切り上げて、国立音楽院で息子たちのべリオ「リネア」とライヒの「四重奏」を聴く。べリオではかなり大っぴらに間違ったらしいが、全く気が付かなかった。ピネローロでルーポに聴いてもらってから息子自身の音楽も能動的で大胆になったように思う。夜は、エマヌエラの退官記念コンサート。一柳さんの「二重協奏曲」CDが、無事清子さんに届きました、と市村さんからメールが届く。「ちょうど命日だったので、先生とお話ししました」、と丁寧に手書きのお便りをいただいたそうだ。

10月某日 ミラノ自宅
留守宅を預かるピーター宅の鍵を受け取りに、家人と連立ってエルノへ向かう。天気予報では小雨だったが、コモに近づくと、すっかり本降りになってしまった。念のため登山用防寒靴を履いてきて正解であった。コモからネッソまで、普通なら観光客の人いきれで大騒ぎの路線バスも、雨のお陰なのか快適で、ネッソでバスを乗り換えてエルノ「自由広場」に着いた。細く縫ったような石畳を登り始めたところで、迎えに来たピーターと出会う。
彼の家は数分登ったところにあって、きれいに整えられていた。地階は彼の仕事場として、CDや本が棚に並んでいる。日本の現代音楽のCDが沢山並んでいて、べリオやクルタ―クのような現代音楽から、古楽に至る英語の研究所も並んでいる。ピーターがアメリカの学会に出席したときの話になり、アメリカの研究者が湯浅譲二の音楽について発表した音楽学者がいて、湯浅譲二の音楽は、彼曰くフィボナッチ数列に基づいて書かれているという。当時アメリカに滞在していた湯浅先生が、たまたまその学会に参加していて、フィボナッチなど使ったこともない、と発言したので、何とも気まずい雰囲気になった、と笑った。エルノ村には、肉屋や食堂の看板の跡が残る建物はあるが、現在開いている店は一軒もない。立派な教会と墓地、それに目新しい公園があって、特に墓地にはツェルボーニという墓石が並ぶ。小さな山一つ向こうにツェルビオという村があるから、ツェルボーニという苗字はそこが発祥の地に違いない。30年ミラノに住んでいて、ツェルボーニというイタリア人には会ったことがなかったので、これだけ墓石が並ぶと、驚いてしまう。

10月某日 ミラノ自宅
辻さんとJeux IIIを再演した般若さんからメールを頂く。「私たちは楽譜にある音に従って演奏していくだけ…でも、ffff前後から、再び自分たち以外の力が加わってくる様な体験をしました」。
自分の力で書いているのではなく、どことなく、誰かに自分が書かされているような感覚があるから、自分たち以外の力、というのは、もしかすると本当にどこかにあるのかも知れない。
翌日、同じ曲を辻さんはサックスの大石君と再演してくださって、それを聴いた垣ケ原さんからもメールを頂く。
「6年ぶりにJeux IIIを聴いて、前近代を否定的媒体として近代を乗り越える、という言葉を思い返していました。長崎に伝わる歌、グレゴリア聖歌を素材にしながら、それをなぞるのではなく全く新しい音楽になっている、ということです。昔、復興期の精神、という言葉が流行った頃によく言われたそうです。能「安宅」が「勧進帳」になり、映画「虎の尾を踏む男」になったのと同じことが起きていると思った次第です。それと太鼓はボレロを思いました」。

10月某日 ミラノ自宅
今朝はイヴァン・フェデーレと日本の学生の皆さんとズームを使ったオンライン・ミーティング。イヴァンは頭の回転がとても速く、話したいことが沢山あって、且つ説明の途中で訳されるのが好きではないと実感する。話の腰を折られるような心地なのはよくわかる。途中、恐らくソシュールが言語学で使っている単語なのだろうが、だしぬけにtesiとdesinenzeと言われて、どう訳せばよいか戸惑ってしまった。語幹、語尾変化とか、主部、変調語尾あたりだろうが、突然言われると全く言葉が出てこなかった。冒頭の強拍に相応する部分、それに続く弱拍に相当する変化部分、のようなことを云って誤魔化したとおもう。曖昧であることを好まず、聡明で明晰で論理的でもあり透明性もある教え方。単刀直入に本質に迫り、見事な観察力、分析力だと感嘆するばかりであった。お陰で2時間訳しただけで、何だか普段の何十倍も頭を使った気分である。いかに毎日何も考えていないかわかる。
ネッソの不動産業者ファビオに会うため、コモへ向かう。駅前コモ湖畔の停留所から130番のバスに乗ろうとすると、犇めく観光客で満員だからと乗せてもらえない。なるほどニュースで聞く京都のオーバーツーリズム等こんな感じか、と思う。世界各地からわざわざコモ湖を目指して訪れているのだから、彼らを優先させてあげたいとも思うが、次のバスはちょうど1時間後であった。ピーター曰く、国鉄コモ駅まで歩けば始発なので、そこからバスに乗るように言われる。以前はとても多かった日本人観光客の姿は、まるで見かけなかった。
ファビオ曰く、先週もちょうどエルノの物件をドイツ人女性に売ったばかりだと言う。音楽に関する会議だか学会だかを企画している、ハンブルクの70歳の女性は、既にエルノに一軒自分の家を持っていて、すっかり気に入ったからもう一軒購入した、ということらしい。店もなく、交通の便も甚だ悪いのに何故かと尋ねると、「どうやらその、何もない、というのが魅力らしいんだ。土地の人間にはわからないがね。もう20年もここでこの会社をやっているが、何時からか、何故だろうか、とか考えるのを止したんだよ。人生不思議なことが沢山あるからねえ」と笑った。
先ほどまでは深秋らしい燃えるような美しい夕日が、湖面を真赤に染め上げて、それは見事だったが、今目の前には漆黒の夜の帳が下りていて、湖面に沿って、点々と家々の灯りが明滅している。最終便と思しき一艘の汽船のオレンジ色の照明が、ゆっくり湖を移動しているのも見える。目を凝らしてみれば、一面の夜空に見えていた闇のなかに、山の稜線が連綿と続いているのが浮き上がってくる。
刺すような山間部らしいつんとした冷気の匂いを嗅ぎながら、10年もの時間をここで暮らしたピーターが何を考え、感じていたのか思いを馳せた。
ミラノの家に着いたのは21時を回っていて、階下で息子がバラード4番を譜読みしているのが聞える。「ショパンの聴こえる暮らしはいいわね」、と家人が機嫌よく夕食の支度をしていた。このところ彼女はフリットが気に入っていて、庭のサルビアや他の野菜やら、小鰯やらを、重曹と一緒に溶いた小麦粉をつけて揚げている。

10月某日 ミラノ自宅
紅葉した庭の木が朝からうっすら霧雨に濡れそぼる姿は、美しい。隣の部屋で、息子が、シャリーノの「歪像anamorfosi」をさらっている。「水の戯れ」がふっと背景に吸い込まれたかと思うと、「雨に歌えば」と「洋上の小舟」が目の前にあらわれる。その響きは黄金色に燃えたつような、秋の光線を想起させるのだが、恐らくシャリーノの本質は、強烈な郷愁を誘うこの触感だとおもう。
イスラエル兵士の引き渡しに関して、ハマスが騙したとの報復に、イスラエル軍は再びガザ地区に激しい爆撃を加え、100人以上死亡との報道。

(10月31日 ミラノにて)