だれ、どこ(12)小杉武久(1938年3月24日-2018年10月12日)

高橋悠治

時間はゆっくりとすぎる 音の釣り 音楽のピクニック
時の痩せ馬をせきたてていた世紀の前衛が 向きを変え 時間をかけて
ささやかな音を立てるものたちに聞き入る時が来たのか
ちいさなカードに書いた一つの動詞に 時間をかけて
歩きつづける 上着を脱ぐ 袋に入って 裂け目から手を出す
ピアノに触らず音を出す できるだけおそくSOUTHと言ってみる
south 南へ 時も停まる真昼を指して 
タージマハールへの旅も
まず地球の反対側 ストックホルムからバスで10ヶ月かけて回りこむ
またある時は ヒマラヤに飛んでいった魂を追って 逆方向のアメリカへ旅立つ
道の途中の出会い 時間をかけて
ひろいあつめたちいさなものたち
ちいさなテーブルいっぱいに
ゴム風船から空気を押し出す 焼き鳥の竹串をはじく ビンのフタのコマ回し
紐で吊るした発振器を扇風機で揺らす 自転車を乗りまわす 箒で天井を掃く
砂に埋まった時計 塩が 砂糖が時を刻む
用から解き放たれた日用品の休日
無用の用に 反職人の職人芸

遠く思われたタージマハールへの旅も
たどりついたら終わる
どこにもたどりつかない道があるかな
行先から解き放たれた道の休日
道が道をたのしむ 未知の道すじ
曲がりくねって先が見えない 小径
羊を追って角を曲がれば未知の風景 ますます分かれる枝路
いつかは羊も忘れ 
旅が旅する行商人 停まりながらすすむ
小杉さん また同じことをして
草木は萌え 花開き やがて萎れていくだろう
同じことも同じにならない そこにあるものも
いつか見えなくなり

死神から手紙が来た おまえはもうおしまいだ
ハーメルンの笛吹のようには連れていかない ベッドの脇で待ってもいない
姿を見せず遠くから この電子メールの時代に おそい郵便が届く
気がつくと その手紙さえ見当たらない この状態であと10年生きることが
どうしたらできるだろう
じっと見ていると すこしずつ換わる 時間の風合い
風 波 森