せまい通りを明るく照らしていた街灯が消えていたのか しぼられていて 店ごとにちがう灯りが照らしている 稲垣足穂の『星を売る店』 だれもいない中学校の図書室で読んだ ガラス瓶のなかの金平糖 色とりどりの星
戸島美喜夫が亡くなって2ヶ月になろうとしている はじめて会ったのはいつだったか 1960年代のグループ「音楽」だったのか 次には 鶴見良行のバナナの本による『絵とき唄とき・バナナ食民地』を水牛楽団で演奏し そのとき水上勉の戯曲『冬の棺』のために書いた音楽にもとづいたピアノ曲『冬のロンド』を弾いた それが1980年名古屋だったから その前から会っていたはずだが
その後 水牛楽団がタイに行ったときもいっしょだった あれはいつだったのか 内灘にもいっしょに行ったような気がする それからは名古屋に演奏で行くたびに会っていたし 家に泊めてもらっていた 東アジアの民謡のメロディーや そのスタイルの劇中歌から作られたピアノ曲を何度も弾き CD にもした
ことばの抑揚からメロディーが生まれるなら その音のうごきやリズムの なにげなく通りすぎてゆく足どりの わずかなためらいや陰りに 震えている気配を感じるか たとえ感じても そこで足をとめず かすかに向きを変えたり 息を継いで 続けるだけで その後の色が一瞬濃くなるような
戸島美喜夫が妻の音楽帳に書いた『鳥のうた」 カタルーニャのクリスマスの歌 といっても だれでも知っているあのメロディーよりは それを縁取る装飾 音のあそびの慎ましさとおちつき 「薄氷を踏むような」というたとえ 何かを加える「編曲」ではなく 「そこに影を落とす」ありかた と言っていいのだろうか
最後に会ったのは昨年9月 名古屋で山田うんのダンスのためにサティを弾いたとき 2回来てくれた いつもと変わった様子はなかったが
璃葉が書いていた ・・・父はいよいよ容態が悪くなる前日まで、本当にたのしんで生きていたからだ。起き上がれず横になったままでも、せん妄が激しくなっても、首を少し起こして、たばことコーヒー、夜はビールとワインを飲んでいた。とてもうれしそうに。・・・(『水牛のように』2020年3月号)