平野甲賀(1938−2021)

高橋悠治

貼り交ぜ屏風 隙間だらけの空間 新しいアイディアや 他のひとたちの参加できるいい感じ 楽にやるのがいちばん 平野甲賀の本のどこかから ことばを綴りあわせると こんなことになる

本の装丁だけでなく カフカのノートから断片を拾い集めた『可不可』を作ったときは 舞台美術もやってもらった 木彫りのオドラーデク人形も 舞台の真上に吊り下げて それはだれも見なかった

太い指 手書きの頃はペン一本で だれよりも先にコンピュータを使うようになると 一筆ずつがあちこち向いて それでもぎりぎりで文字になる描き文字 手描きからフォントにするコウガグロテスク グロットは洞窟 手探りですすむ 暗闇の手触り

1978年「水牛新聞」を始めたときから 「水牛通信」もコンサートのチラシも すべてまかせていた 2015年に小豆島にそれから高松に移ってもずっと 2020年10月に会いに行き 今年3月に来るはずだったのに

シアターイワトの前にいる平野甲賀を思い浮かべながら『長谷川四郎の猫の歌』を作曲したことがあった コウガグロテスクや貼り交ぜ屏風のことを書きながら しばらく前から頭の隅に取り憑いている聞こえない音楽がある

一筆ごとに 太く 細く みんなそっぽを向いている線の集まりが一文字ならば そんな集まりがまばらに浮かぶ空があり 勢いある筆の跡が ことばの流れを断ち切って 線ではなく 前後左右上下のある立体を錯覚させる塊になり 別な塊と喚び交わす

筆の勢いは 石川九楊の「筆蝕」ということばのうちの 液体が表面に染み込み変質させる力よりは硬い 石をえぐり削り込むような 不器用な力の痕に見える

断片を吊り下げ それらを空間に浮かべる 見えないオドラーデクがくるくる回っている