手続きと想定外

高橋悠治

7月末に福井桂子の詩による歌曲 8月末に伊藤比呂美の詩による合唱曲を書き終え 9月の作曲予定は 福井桂子の詩で歌曲あと2曲 夏宇の詩句によるピアノ曲『遇見・歧路・迷宮』 イエーツの詩句によるアンサンブルのFaint Lights[あえかな光] ずっと座って楽譜を書いているのは 健康によいとは言えない 速く書くことは どうやればできるのか むかしは構造を決め 方法を決めるのに時間をかけ 書くことはその結果として かなりの速度ですすんでいった いまは構造や構成をあらかじめ考えたりしない ちがうものに出会い それに応じて それまでの予定とはちがうやりかたをためすようにすると どこからでもはじめられても 終わりに近づくと 速度がおそくなってくる ある程度の経験から身についた技術なり手続きを いちいち考えなくても先にすすめるのはよいとして 予測されるような目標にたどりついたのでは 道中の発見の意味がない

音はひとつではなく いくつも集まっては うごいていく線や 現れては消えるかたちをつくる その変化を音符という点で書きとめ 楽譜にする作業も 作曲家ひとりのものではなく 演奏され 音楽として聞こえる場をめざしているかぎり 演奏家や聴衆も含んだ協同作業の一部を担っているはずだ 音は楽器や声が発音するだけのものではなく その場の空気のようなひろがりで 人びとをとりかこみ 響きの余韻で包む

楽譜は過ぎていく時間のなかの絵で 線の束や響きの変化をあらわす見えない網のひろがりを見せる 最近は 記号をすくなくし 長い音を2分音符 短い音 を8分音符 それに音の中断をコンマでしめすだけにして それらの長さが均等にならないように介入するもう一つの線や 響きをあしらってみる アシラヒやツケということばは邦楽で使われる 詩を声にのせるには シラブルごとに音をつけるよりは 一語一音 あるいは一句一音くらいにして 歌うよりは語る 楽器の場合は 思いついたかたちをそのまま反復しないで 二回目にはちがう音をはさんだり 一音省略したり 音程を変える かたちはくずれ そこから別なうごきが現れてくる はじまりは偶然であり それが予想しない曲がりかたで さまよっていき 完結することなく 消えていく こうして ひとつのしごとから 次のしごとにひきつがれ あるいはそこで捨てられるものもある そうやって音楽だけでなく 音楽をする側も 感じかたや考えかたが変わっていかなければ やっていても おもしろくないだろう