散歩する人

高橋悠治

去っていく人の後姿 肩掛けかばん 遠ざかる 小さくなる 弱まる

現実にできることの限界 それでもその場所で そのときできることは ひとつではない そのなかのひとつをためしてみれば 次のひとつが自然と出てくる 考えるでもなく 意識もしないうちに その次にいる 次があれば その先も見えてくる 発見は向こうから来る こういうやりかたでいいのだろうか らくなようで じっさいはそうでもない 時間が限られているという思い 次がどこか向こうから来るまで しんぼうして待っている それに なにかをしているうちに あきてくるかもしれない あきてもつづければ できることも できなくなっていく 二つのことを かわるがわるするやりかたもある しばらくはそれでもいい そのうち二つをあわせて一つにしていることに気づく まとめて一つにする その一つは どこまでもつきまとうのか

実験をくりかえし いつもおなじ結果が出れば そこには法則があるのだろう 一歩また一歩とすすんで そのたびに先に見える風景が変わっていたのが 法則があると気づけば 霧が晴れて 景色全体を見渡す場所から 出発と到着を結ぶ直線を引くことができるだろう まがりくねった試行錯誤のたくさんの道を見おろすハイウェイ 人間が歩かないで運ばれていく道

近道 裏道 間道 廂間(ひあわい) ハイウェイにならない トンネルにもならない 途中と途中をつなぐ いくつもあるやりかた

出発点と言える場所がない 気づいたときは もうはじまっていた 到着もない 見える風景が変わっていくと 予想しない場所にいて 別な行く手が見える そこに辿り着く前に 道はまた曲がる

どこまでも途中にいる 全体は見えない 一つでも 二つでもない 間にいる 道もないのかもしれない 歩けるところを縫って歩いている 足元が草か水かわからない 草の葉を踏みつけないように 水に沈まないように 糸を操るように 脚を浮かして 通りすぎていく 脚を置く場所がなければ 脚はとまらない 風景が変わっていく