魚の主(ぬし)

高橋悠治

しごとをはじめたばかりの時は 人に知られなければやっていかれないが 続けているうちに したことが次にすることの助けにはなるが 妨げにもなると思うようになる しごとを続けるために いまや無名で ふつうでいるほうが 望ましくなる

エピクロスの「隠れて生きよ」は 粒子の偶然の運動(クリナメン)から生まれる予測できない変化を知って 友情の庭をまもること 老子の「不敢爲天下先(あえて人の先に出ない)」は 人知れず技能をみがきながら 技術にたよらないこと 数少ないともだちは 近くにいないかもしれない ひととちがう考えをもつなら 耕された土地にかってに生えてくる雑草のようにひっそりとすごして ひたすら考え続けるのが イブン・バッジャーの勧め

ハンナ・アレントの『暗い時代の人びと』のなかのブレヒト論 そこに出てくる詩 Der Herr der Fische を見つけて とりあえず日本語にしてみる 

魚の主(ぬし)


来る時は決まらない
月とはちがう しょせん行くのはおなじだが
もてなしはかんたんな食事
でたりる


いる時は一晩中
みんなにまじって
何ももとめず くれるものは多い
だれも知らないが だれとも近い


行くのに慣れても
来るとはおどろき
それでもまた来る 月のように
いつもきげんよく


座ってしゃべる ひとのこと
出かけた時の 女たちのふるまい 
網の値段や 魚の水揚げ
とりわけ税金逃れのやりかたを


ひとの名前は
覚えきれないのに
しごとのことなら
なんでも知っていた


ひとのことなら話しているが
そっちはどうなんだ と聞けば
あたりを見わたし またたきして
別に何も と言いよどむ

7
こんなやりとりで
つきあいは続く
よばれずに来たが
分をわきまえて食べていた

8
ある日だれかがたずねるだろう
ここに来たのは どんなわけ
するとあわてて席を立つ 
空気が変わったと悟り

9
お役に立たなくて すみません
と外へ出る 暇を出された使用人
かすかな影もかけらも
籐椅子の隙間ほども残さずに

10
それでもそこに別なだれか
もっとゆかいなやつがいてもいい
そいつがしゃべっているあいだ
こちらはだまってすごせるならば