上野で『世界を変えた書物展 人類の知性を辿る旅』を見た。主催の金沢工業大学図書館は、1982年に業務のすべてをコンピューターで行うライブラリーセンターとして開館したそうだ。とはいえ図書館の本質は書物にあるとして、科学的発見や技術的発明の原典初版本を集めて「工学の曙文庫」と名付けて中核とした。その2000余冊の中から選んで、大阪、名古屋と重ねた展示の東京版である。古代の知の伝承、ニュートン宇宙、解析幾何、力・重さ、光、物質・元素、電気・磁気、無線・電話、飛行、電磁場、原子・核、非ユークリッド幾何学、アインシュタイン宇宙の13のカテゴリーに分けられて、一冊ずつ、鏡付きのショーケースにおさめられていた。ニュートン、コペルニクス、ダーウィン、デカルト、湯川秀樹、アインシュタインなどなど、本文に組み込まれた図版や写真や手彩色、ときにメモや落書きのような書き込みも見られたし、鏡に映り込んだ表紙や背、綴じ方などを見て、装幀も楽しむことができた。
展示の肝は一冊ずつの稀覯本としての価値を愛でるものではなくて、人類で初めて記録された知の連鎖を、研究者や専門家でなくても書物のつながりとして体感できることだろう。とは言いながら実際は、監修者の竺覚暁(ちく・かくぎょう)さん(金沢工業大学ライブラリーセンター顧問・教授)が名古屋展で行ったミュージアムトークビデオ(2013 82分)を見て、それでようやく、感じられたのだったけれども。会場には、展示書物の関係を色や線を使い分けて図示したり、それらを立体化したオブジェもあった。コペルニクス地動説宇宙からアインシュタイン相対性宇宙への展開がタイトルと著者と発行年が記された一冊ずつの書物で縦横無尽に繋がれているのを目前にすると、実際にその書物らは複数冊でもって世界中の場所と時間を行き交ってきたことが物理的に想像できて、「本」というものはこの世の全てを転写したいという陰謀を持ち、人はその罠にはめられているという毎度の妄想に現実味を覚えてしまう。
昨年『図説 世界を変えた書物 科学知の系譜』(竺覚暁 グラフィック社)が出ている。黒地に金の表紙に金ピカに黒の表紙カバーが豪華だ。なんでも金沢工業大学の工学の曙文庫の入り口が金ピカ的色合いだそうで、本を開けばまさにそこは曙文庫といった具合。本文は、基本、見開きで一冊の書物が紹介される。それぞれ特徴的なページを開いた写真のみならず、表1、表2、背、小口、天からの写真がある。おかげで装幀のようすがわかる。刊行当時の羊皮紙や簡単な紙表紙のものもあるが、留め金付きやらマーブル紙やら豪華な箔押しやら、いつどこで装幀や改装がなされたかを想像するのも楽しそうだ。薄い革を貼った板が表紙で留め金のついたイシドール・ヒスパレンシス『語源学二十書』(アウグスブルグ 1472)。背表紙がすれて3本の綴じひもがあらわになったニコラス・コペルニクス『天球の回転について』(ニュンベルク 1543)、仮綴じのままのアンドレ・アンペール『二種の電流の相互作用』(パリ 1820)。マーブル紙が美しいマリー・キュリー&ピエール・キュリー『ピッチブレントの中に含まれている新種の放射性物質について』(パリ 1898)
ゲオルグ・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマン『幾何学の基礎にある仮説について』(ゲッティンゲン 1867)ほか、1800年代のイギリスやドイツで刊行された何冊かに濃淡の青色紙表紙がある。ふと、野村悠里さんの『書物と製本術 ルリユール/綴じの文化史』(みすず書房 2017)のうつくしい水色の表紙カバーを思い出して棚から出してみた。〈表紙カバーと見返しの水色は、民衆本(青本)の色です。青本は17、18世紀フランスの民衆文化を語るときに不可欠のもの。行商人の手で広まり、都市でも農村でも親しまれた青本。その色が、この水色です〉。これとそれは同じ水色なのだろうか。染料は何なんだろう。
野村さんはこの本で、17、18世紀のパリの製本界において、王侯貴族の庇護のもと豪華になる表側に比べて綴じなど内部のつくりが簡素化された(雑になった)謎を追っている。難しくて読みきれずにいたのだけれど、おかげでようやく、とっかかりを得られた模様。今度は読めるかな。