函入りの冊子を作ってみたいと言う。接着剤やカッターの扱いにもう少し慣れてからチャレンジしてもらうとして、お菓子や雑貨の小さな箱に合わせた冊子を作ることを課題としてみよう。まずは試作。空き箱をみつくろって作業するにあたり、ながら映画を何にしようかとアマゾン・プライムで探したら、2004年、ジーナ・ローランズ主演、ニック・カサヴェテス監督の『きみに読む物語(原題 The Notebook)』があったので「今すぐ観る」。劇場で見ていないし内容も把握していない。
認知症で施設に入っているアリー(ジーナ・ローランズ)を見舞うデューク(ジェームズ・ガーナー)は、読み聞かせをボランティアでしているだろうか。髪の毛をなでつけて看護師に「今日こそは」などと言っているから、アリーを狙っているのかも。話すのは男女の青春物語で、テーブルに開いた本を見ると、丸背ハードカバーで青い表紙に角が赤茶、タイトルはなく、太くて長い白のスピンがはさんである。厚さは15ミリくらいか。ちらっと見えた本文は手書きにみえる。
冒頭、夕日に映える渡り鳥が建物の上を行き過ぎる。窓辺にアリー。映画のほとんどは青春物語の再現で、ところどころにアリーとデュークの今があらわれる。アリーはその話を気に入っている。初恋の相手が、自分と婚約者のあいだで揺れる女性へ当てた手紙の部分を聞いてアリーが言う、「美しいお話」。デュークが詩をそらんじると、「あなたの詩?」「ホイットマンだ」「知ってるわ」「そのはずだ」。ん? 話を最後まで聞いたアリーが涙する。しかし間もなくワレに返る。「頼む、行かないでくれ」、鎮静剤を打たれる姿に嗚咽するデューク。
自室に戻ったデュークが開いたノートブックが大きく映し出される。万年筆で「愛の物語 アリー・カルフーン著 最愛のノアへ これを読んでくれたら私はあなたの元へ」の文字。白無地ノートにアリーが手書きしたものだった。それはつまり……。この映画、絶対に前もって展開を知りたくないヤツ。公開当時どんな宣伝をしていたのだろう。知らずに見られてほんとによかった。というわけでもう一度。見直したらまた別の疑問が湧いて出る。話は「めでたし、めでたし」で終わっている、ならばノアが君はどうしたいのかと執拗に聞いたのにアリーが答えた、これは物語ではないか。かつて母親に止められ受け取ることのできなかった365通のノアの手紙(=クウに散ったノアの1年)への返信?
青いノートブックを小脇に抱えてテーブルについて、スピンをつまんでページを開いて、続きの始まりを指でさぐってデュークは読む。何度もそうしてきたのだろう。少なくともノートブックが開かれた時だけアリーが戻れる場所がある。ノアにあてて書いた物語だけれども、そのとき目の前にいる「あなた」がノアである必要はないだろう。デュークが帰る場所はアリーだ。デュークもアリーに会うためにノートを広げる。今日の分を読み終えたら、パタンと音をたてて中の空気ごと押し出して閉じきる。ハードカバーという構造がそれを助ける。長い白のスピンも、指先まで伸ばした腕、あるいはシザイユの刃のようで、似合うと思った。
肝心の試作作業は、10センチ四方2センチ厚の空き箱を選んで青い紙でくるんで終わった。おかげで構想はできた。中にぴったり入る冊子を『きみに読む物語』と『愛の物語』がブック・イン・ブックになるように仕立てよう。ハードカバーで、白くて長いスピンをつけて。『愛の物語』ではアリーの母親とロイの父親の言葉も拾いたい。