製本かい摘みましては(184)

四釜裕子

バージンプラスチック製のボトルを持っている。5リットル入り洗濯用洗剤の容器だ。なくなったのでまた買おうとしたら品切れで、もうずっとこれだったのでじゃあ他のどれにしようかと迷っている。公式サイトからも削除されているから製造をやめたのだろうか。実は前回買ったときに異変があった。ふだんのパッケージの上に丸いシールが貼ってあり、そこに「このボトルは、コロナ禍で生じた再生プラスチック不足により、バージンプラスチックで作られています」と書いてあったのだ。それまでつつがなくあった道の一つがここでも途切れていたのであった。途切れて初めてこちらはその道を知るのであった。ボトルが100%再生プラスチックなのも売りの一つにしているメーカーだから、コロナ禍での一時しのぎのつもりが元の製造体制になかなか戻れずにいるのかもしれない。それにしても、再生ではないプラスチックのことをバージンプラスチックと言うのか。「再生」なるものが出てきたからこその言葉なの?

バージンパルプという言い方もある。パルプと聞けば紙の原料と思うけれども、実際のバージンパルプはそれ以外に大いに用途が広がっている。今でこそ明らかに紙の需要が減っているから納得だけれども、日本製紙がパルプから牛の飼料を作ったというニュースを聞いたときには驚いた。凸版印刷が TOPPAN ホールディングスに社名変更したみたいに、いずれこちらも変えざるをえないのだろうか。TOPPAN について言えば、社名変更の告知動画で繰り返される「凸版印刷から印刷が取れて、TOPPAN になる」という快活なセリフは寂しかった。「TOPPA!」「TOPPA!」とも言っていて、せめて「凸パ!」とか「凸PA!」にしといてほしかった。しかしもうだいぶ重荷だったんだろう。これまでありがとうと言って手を振るしかない。改めて日本製紙のウェブサイトで牛の飼料について見てみると、「紙製品の副産物ではありません。製紙技術を応用して製造しています」としっかり書いてあった。

話は飛ぶけれど、私は大豆ミートが好きで家でよく使っている。しかし「まるでお肉」とか「肉の代替え品」とか、いったい人はいつまで言うのかなと思っている。パルプ由来の牛の飼料も、「まるで牧草」とか「牧草の代替え品」とか、やっぱりしばらく言われるんでしょうね。ところがこちらはネーミングがすごい。「元気森森」に「にんじん森森」。これだけではなんのことやら皆目見当がつかないでしょう? というのを狙ったんだろうけれども、かなり壮大。「高エネルギーのセンイ」で「消化がおだやか」で「国内製」で……やがてわれわれの食卓にも??  「にんじん森森」はパルプにニンジンジュースを吸わせているらしい。これを食べれば生草飼育に比べて不足するβーカロテンも一緒にとれます。ウクライナ侵攻を機に飼料の海外依存度の高さも露わになったから、以降、国産飼料推進の後押しを受けて利用が増えたりしているのだろうか。

パルプ以外のものを混ぜて作る混抄紙業界でのエコやリサイクルも日々進む。富士共和製紙には、古着の繊維を50%以上配合しながら印刷もできる紙があるそうだ。配合して抄いた紙にはどうしても凹凸が残るから、パルプで薄く抄いた紙でそれを挟むことで表面を滑らかにしているらしい。きれいに印刷するための紙は表面が平らでなくては。かつて製紙工場を見学したとき、紙を透けにくくしたり白くしたり光沢を出したり平らにするのに、抄く過程で混ぜたり表面に塗布する粉、填料なるものがあることを知った。いわゆる化粧だ。粉は炭酸カルシウムやカオリンなどで、ふっくらした質感を出すのにも用いられていた。写真集や画集に好んで使われるようなつるつるした紙にいたっては、パルプ繊維に石粉をからめてプレスして超薄の板に加工したという感じ。重たいはずだ。そう考えると手漉き和紙というのはさながらすっぴん? なんと露わなことだろう。

いま暮らしている住まいの近くは、その昔「紙漉町」と呼ばれていた。いわゆる浅草紙を作っていたところで、現在の浅草雷門近く、旧浅草田原町一丁目、二丁目、三丁目に当たる。落語の「紙くず屋」よろしく集めた古紙を分別して、水に浸して煮て叩いて漉き返して落とし紙などを作って売っていた。落語の「二階ぞめき」で聴くように浅草寺裏の吉原近くでも漉いていて、山谷堀公園には「紙洗橋」の親柱が、また交差点名としても残っている。紙の原料を水に浸している間、手持ち無沙汰の職人たちが吉原に向かい遊ぶでもなくぶらぶらしていたのが「冷やかし」の語源と言われる。これがもしわが故郷・山形で二階ぞめきしていたならば、「冷やかす」は「うるかす」になっていただろう。洗った米を水に浸けておくとか、おしどりミルクケーキの包み紙を水に浸けて文字を浮かすときに「うるかす(うるがす)」と言った。長風呂して指がしわしわになると「うるげだ」と言った。戻した乾物の具合をたずねるには「うるげだが?」と聞いた。「ふやかす」とはちょっと違う。ともあれ冷やかすもうるかすもふやかすも、過程やうつろいを宿すいい言葉だなと思った。