製本かい摘みましては(189)

四釜裕子

「紫式部日記」で読んでいた「源氏物語」の製本シーンを楽しみにしていた。中宮彰子が一条天皇に献上した際のもので、9月29日に放映された大河ドラマ「光る君へ」だ。彰子が料紙を選び、女房たちが二つに折って重ねて整え、こよりで折を仮綴じし、書写を頼んで戻ってきたら丁合をとって校正し、折を綴じて断裁して表紙をかけて題箋を貼り、仕上がった三十三帖を並べ、彰子を囲んで女官ら皆で喜び合う……。どんな綴じ方や紙を採用したのか、その詳細は映るのか、それが今回の関心事だった。放映時間は短かかったけれども、流れをつかむことができてよかった。早い段階で奥に二人のこより制作チームが見え、以降、二つに折った料紙の天地からこよりがちらと見えたので、列帖装(れつじょうそう)だろうと思った。途中、大きさや形が枡形本に見えた気がしたけれども気のせいで、立派な四半本だった。女房たちの作業は折る・縫う・切る・貼るなど。「初めて」というほど特別なものではないので、これらのしぐさに対してはわりと大らかな印象を受けた。断裁する人(手元のみ)と表紙がけする宮の宣旨の手つきがよかった。

見終わってみると、印象に残ったのは料紙の張りだった。以前、河本洋一さんの製本ワークショップで定家写本の「更級日記」とほぼ同じものを作ったときに、両面に書写可能な紙というのはこういう厚さかと実感した(用意されたものはそれでもまだ薄いとのことだったが)。今回の「光る君へ」で、まひろが折を宙に浮かせてめくっているところとか、彰子が御手ずから赤い絹糸で綴じる針を料紙に刺すところとか、あるいは唐紙の表紙込みとはいえ、一条天皇が片手でぴんと持ち上げたり宙に浮かせてめくるところとか、のちに藤壺で女房が両手で縦に持って朗読する様子を見ると、想像を超えた張りがあるとわかった。とにかく料紙がいたまぬよう、かがりの糸は切れやすくて結構、むしろ推奨されるものだということを、そうだよなと感じることができた。今、和本の綴じをするのにこの感覚はつかめない。糸が切れても簡単に直せる利点はわかるが、かといって、よほど高価とか貴重な紙を綴じるとか奇を衒わない限り、わざわざ糸が切れてもいいとは考えないだろう。直筆なら紙は肉体そのものだが、印字の場合、紙は衣装にすぎない。糸の立場や綴じの役割も自ずと変わる。悪い意味で言うつもりはないけれど、花切れ・花布の”なれのはて”にも重なる。そもそも違う。

今や人気のコデックス装は、かがる上での理屈は列帖装と一緒だ。しかし今見たように綴じるものが肉体か衣装かという決定的な違いがあるので、古くからあるとか開きやすいとか過剰な表紙を排除とかそういう問題ではない。日本で「コデックス装」なる機械製本法を名乗ったのは、2010年祥伝社刊、林望さんの『謹訳 源氏物語』だった。342ページにある宣言を引用しよう。〈本書は「コデックス装」という新しい造本法を採用しました。背表紙のある通常の製本形態とはことなり、どのページもきれいに開いて読みやすく、平安朝から中世にかけて日本の貴族の写本に用いられた「綴葉装(てつようそう)」という古式床しい装訂法を彷彿とさせる糸綴じの製本です〉。出ました、綴葉装。和本の綴じの名称は難しい。列帖装も綴葉装も同じことを指しているのにこの界隈ではこれを「という言い方もある」で済ませ続けているので、いつまでたっても新参者が混乱のまま離れていく。

「光る君へ」の公式サイトに、「ドラマをもっと楽しむコラム 彰子が発案!紫式部も行った『源氏物語』の冊子づくり」というのがあった。こよりで仮綴じしたところの写真もあっていいのだが、〈「粘葉装」という書物装丁の一つを採用〉とある。ん? また出たか、和本の綴じ名曖昧問題。説明は続く。〈1枚の料紙を二つに折り、折り目の外側に糊をつけて貼り重ね、表紙を加えて冊子にする方法です〉。粘葉装の説明としては納得するが、さらに続けて、〈この赤いものは、紐になります。ページ数が多くなると仮綴じでは状態を維持できないので、紐を通した針で縫い、仮綴じした料紙をさらに重ね合わせてひとまとめにしていくという感じです〉とある。この説明は列帖装のものでしょう。粘葉装にした折を列帖装に? ナンセンス! と思うのに、いや、そういうのもあるのかもと思わせる。混乱は究極へ。しかしドラマに料紙を糊で貼るシーンはなかった。とりあえず、時間を置いてまた見ることにしよう。

「光る君へ」のこの回で、定子の娘の脩子内親王に仕える清少納言が読んでいたのも「源氏物語」か。献上版よりもちろん紙も薄く判型も小さく、ごく簡単な結び綴のように見えた。ちなみに以前、伊周が一条天皇に献上した「枕草子」は結び綴の超豪華版、行成が献上した「古今和歌集」は列帖装だった。今回の「源氏物語」のきらびやかな表紙については、紙の地に緑と紺と紫の色を重ねて、金や銀の箔のきらめきがよりカメラに映えるようにしたそうだ。いずれも緻密な時代考証のうえに撮影や演出を考慮して作られた別の極み。これらの冊子もいつかまとめて見てみたい。