製本かい摘みましては(70)

四釜裕子

2つ折りした数枚の紙が重ねられている。折山の上下が互い違いに半分ずつ切れていて、破れてしまいそうで頼りない。そっと手に取るが、見た目の印象以上に紙にハリがあって破れることはない。開いてみると、構造は先に書いたより数段複雑。糸や針で綴じているわけではないので、折りを開いてばらばらにしてみる。A2サイズを縦長半分に切った紙が2枚あらわれた。それぞれ観音開きに折られていて、さらに縦に2つ折りされている。まん中の折山に、一方は上半分、他方は下半分だけ切り込みがある。印刷は片面のみ。2枚の紙の2つの切れ込みを組み合わせて折ると、A5判、8ページのもとのかたちの冊子になった。

平出隆さんの「via wwalnuts」叢書である。昨年秋にスタートして、5月の刊行で7冊になった。毎回、表紙カバー替わりともいえる封筒におさめられ、版元に注文すればメール・アートの色濃く切手と宛名シール、そして著者の署名入りで届く。アマゾンでも購入できる。こちらはサインなし、封筒ごとアマゾン仕様に梱包されて届く。今年に入って叢書01の『雷滴 その拾遺』をアマゾンに注文した。40部程度の発行と聞いていたが、アマゾンに載ってるってどういうことか。注文して4日後に自宅に届いたものには「初版第17刷2011年1月18日刊 No.351-370」。1刷は確かに40部、17刷は20部で、手にしたのは通算351から370番目に刷られたいずれかのようである。
表紙カバーこと封筒には、全体の雰囲気からすれば場違いな、でもこの出版行為に不可欠なバーコードシールが貼ってある。封緘紙の役割を与えられ、これがなかなか堂々としていて悪くないなと思わせてしまうところがすごい。よもやこの封筒をペーパーナイフで切り開くひとはなかろうが、シールの左下角には「ここからめくってね」と言わんばかりの▲マークが入れてあり、誘いのとおりに封を開けば、あいた口に表1に刷られたタイトルなどがきれいに顔を出すというしかけ。

版元のウェブサイトには、内容についてのみならず制作についての逸話も多くある。叢書01は17刷から紙の目を本の天地に対して縦目から横目に変え「製造効率が飛躍的に向上し」たこと、インクジェット印刷で問題になるタマリ解消のために途中から「単方向印刷」を採用し、こちらは印刷速度がそれまでより遅くなって「1時間にわずか4枚=2冊分」になったことなど。紙も封筒も良質だが既製品だし、プリンタも高機種ながら家庭用を使っているようだ。少部数でも豪華や繊細に過ぎることなく簡素に美しいのは、継続して制作できるように材料や工程を吟味した結果だろう。刷り部数を限定したりむやみに絶版もせず、極小版元であることに甘えることなく確実に注文に応える、商業出版社の日録なのだ。

しかしながらこうした小さい出版物は置き場所に困ってしまう。鍵付きのガラス書棚に”保存”するつもりはないし、気になるものほど棚の手前に重ねるうちに、いつしかどこかに埋もれている。同じような読者の声がいくつかあったとみえて、10冊まとめて入れる函の制作を予定しているとウェブにあった。本叢書のキャッチフレーズは「Lasting Books――持ちこたえる本」。平出さんがこの言葉に託した思いはわからないが、時代や技術の変化に抗うことなく持ちこたえ方もフレキシブルにいつでも”last”を走っていくワと、悠然とページをはためかせる本のスケルトンが浮かびます。