喫茶店物語

植松眞人

ある日、新宿を歩いていて喫茶店を見つけた。ごくごく普通のコーヒーのうまそうな喫茶店である。ということは、逆に今どきあんまりお目にかかれない喫茶店ということであり、これは今入っておかなければいつまであるかわならない、という代物である。

なにしろ、今どき、ちょっとでも油断するとチェーン展開しているコーヒーショップがあちらこちらに浸食している。僕から言わせれば、あれはコーヒーショップであって喫茶店ではない。喫茶店たるもの、あくまでもブレンドコーヒーが自慢で、できればちょっとばかりくすんだ色合いの装飾で、言葉少ないオヤジが店主で、愛想のいいアルバイトの女子がいてくれれば最高なんである。いちいち、こちとらが頼んだものを声高に叫び、店内にいる全店員が復唱する必要はないのである。

さて、僕が新宿で見つけた喫茶店はこれらの要素をすべて満たしており、しかも、新宿のくそったれシネコンから歩いて10分以内というのに座席が7割方空いているという奇跡。なんだか嬉しくなって席を選ぶ……。のであるが、この席選びがえらく難しいのだ。何しろこの店、カウンターが5席程度、4人掛けのテーブル席が6つほどあるのだが、どうも自然に座れる感じがしない。

まず、座席は普通、奥から順番に座りたいものだが、奥の方に妙な置物などがあり、なんとなく、一見客を拒んでいる気がする。かといって、手前の席は、乳製品を入れる小さな冷蔵庫やレジがあり、どうにも落ち着かない。となると、真ん中あたりの席だが、これがなぜか、店の出入り口に向かって真っ正面にも真後ろにも座れないのだ。つまり、入り口から入ってきて、そのテーブルに座ろうとすると、直角90度に折れて、入り口の方ではなく、カウンターの奥にいる店主と向かい合わせになってしまうのだ。

僕としては、店主を目の端に入れつつ、入り口を真っ正面にした席が最上級である。ところが、この、店にはそんな配置の椅子がないのだ。仕方なく、ちょっと遠慮がちに、カウンターにいるオーナーから身体の芯を一人分ほどずらして、座る。オーナーから身体一人分、ずらしてるところが一見客の心遣いだ。

なんとなく落ち着かないまでも、50年代のジャズとうまいブレンドコーヒーに間違いはない。しかも、オーナーは無口でこちらに無遠慮な視線は向けない。これなら、しばらく時間を過ごせる。

と思っていたら、出入り口が開く。気のいいアルバイト女子が「いらっしゃいませ」と声をかける。すると、どうやら常連らしい客が、オーナーの目の前のテーブルで、こちらに真っ直ぐ顔を向けて着座ましますではないか。わかるだろうか、僕から見た情景が! 僕の目の前に小さなテーブルがあり、そこにコーヒーが置いてある。その向こうにまた小さなテーブルがあり、来たばかりの常連オヤジが、しっかり僕の真っ正面にこちらを向いて座っている。さらにその向こうにカウンターがありオーナーがいる。

向き合って、1対2である。オヤジが1対2で時間を過ごすのである。耐えられない。自意識過剰と言われようがかまわない。しかも、そのオヤジは、僕の方に顔を向けたまま、カウンターの中のオーナーと話し始めた。そして、オヤジの問いかけにオーナーが少し面白い答えを返すと、僕を見て笑うのだ。いやいや、こちらにはそれほど内容も聞こえてないし、一緒に笑うほど親しくもない。そして、常連オヤジにのせられて、その後、オーナーは大声でダジャレ連発……。

50年代ジャズもあったもんじゃないぜ。ふっ。