beyond

くぼたのぞみ

呼び出し音がくりかえし鳴っている
きみの手のなかにある受話器のむこうで
雪が走る
走る音が聞こえる

いつものように、しばし沈黙の後に
「はい」と声が聞こえることはなく
ぶあつく積もった雪面を
撫でるように雪が走る

手がふさがっていて
受話器を持ちあげることができないのか

みると雪は空からではなく
きみが息をしている
地表数メートルの記憶の面を
ざっくりとえぐり、走り

力がなくなって持ちあげることができないのか
たまたまそこにいないのか
あるいは、もうそこにいないのか
それとも、あっちへ行こうとしているのか
受話器を握りしめるきみはあれこれ考えをめぐらす

落葉樹の裸の幹をたたき
枝をあおる雪煙のなかに
オーバーの襟をつかんでうつむく人の姿にむかって
きみは受話器をいったん置き
それからリダイヤルするが
いっこうに受話器がはずれる気配はなく

吹きつける半透明の幕をからりと払い
姿が音となってあらわれることはなく

ただ呼び出し音が聞こえ
烈しく雪の走る音だけが聞こえ
手のなかで汗ばむ受話器を
きみは静かに握りしめる