蒸留酒のはなし

大野晋

今年はなかなか暖かくならなくてやきもきしたが、初春にうれしいニュースが飛び込んだ。イギリスのウイスキー専門誌主催の今年のベストウイスキー(WWA2013)がロンドンで発表され、多くの国とウイスキーの本国を抑えて、全6部門中2部門を日本のウイスキーが受賞したのだ。今年の受賞ウイスキーはこれ。

・ワールド・ベスト・ブレンデッドウイスキー
 響 21年(日本 サントリー)
・ワールド・ベスト・ブレンデッドモルト
 マルス モルテージ 3プラス25  28年(日本 本坊酒造)

とは言え、例年、サントリーとニッカの大手二社のウイスキーが常連になっていたのだが、今年は本坊酒造のご当地ウイスキーマルスウイスキーが受賞したのが驚きだった。折しも昨年、19年ぶりにウイスキーの蒸留を再開したばかりだったから朗報だった。実は、本坊酒造のウイスキーのルーツは日本のウイスキーのパイオニアである竹鶴氏(サントリーのウイスキー醸造を立ち上げ、ニッカの創始者)を英国にウイスキーの勉強をしに送り出した当時の上司である岩井氏が直々に蒸溜器を設計、立ち上げている。面白いことにこのウイスキーは複数醸造所のウイスキーをブレンドしたことになっているが、実際にはマルスウイスキーの蒸溜器とともに、最初の醸造地であった鹿児島で作られたり、次の移転先の山梨のマルスワインのワイナリーで作られた3年以上のウイスキーを現在の信州駒ケ根の蒸溜所で25年(以上)寝かせたものという樽が複数の土地をブレンドした形になっている。すでに、鹿児島時代の樽はもう残っていないと聞くので、そうした意味でも貴重なウイスキーである。ただし、世の中のウイスキー好きは早く、すでに市場在庫が尽きてしまっている。噂によると4月中旬に新しく出荷されると聞くので、どうしても飲みたければ、取扱いのある酒店に予約を入れてみるといい。ちなみに、昨年まではニッカの竹鶴シリーズがこのカテゴリーの常連だった。

もうひとつ、面白い話を聞いた。ワイン醸造の研究所を持つ某大学の話だ。その大学では研究のためにワインを醸造するのだが、国税局の醸造所の免許を持っていない。このため、できあがったワインは販売できずにため込むことになる。ところで、ある程度ため込むと置き場所に困るらしい。古いワインにプレミアがつくのは一部の高級ワインだけだから、一般的なワインは古くなれば処分に困る。そこで、ワインを蒸留してブランデーを作ることで場所の問題に解答を出そうとしたらしい。ある程度のワインができた段階で、今ではブランデーを蒸留しているとのこと。さて、ブランデーは蒸溜してもすぐに飲めるものではない。やはり、ウイスキーと同じように樽に詰めて熟成することになる。蒸留酒は樽で熟成している最中、樽が呼吸しているため、やがて、雑味の原因となるようなアルコール分が抜けることで内容量が減っていく。これをむかしの人は「天使の取り分」と呼んだのだそうな。ところで、某大学で熟成されているブランデーはときどき接客などで使われるそうなのだが、それ以外にも減ることがあるらしい。
「羽のない天使が飲んじゃうからね」
そう言って、その客人は帰っていきましたとさ。