青空の大人たち(10)

大久保ゆう

青空文庫を秘密結社と考えれば文庫の実質的なリーダーであった富田倫生氏は比喩的には秘密結社の首領ということになるのだろうが事はそれほど簡単ではない。そもそも青空文庫には代表がおらず活動を「やりましょう」と呼びかけた人がおりそして作業をとりまとめてアップロードなどの世話する役があるだけといういつぞや別稿にもまとめたがやはり当初は文学同人に近いものであったのだろう。

とはいえ富田さんは青空文庫の中の人でありながらしばしばその動きはそこからはみ出ており、私の個人的な記憶を振り返ってみると青空文庫にこんにちわをしたごくごく初期の頃に自宅にいきなり富田さんから『リーダーズ英和辞典』が送られてきたことがあった。それは翻訳公開に関して訳文の内容を点検してもらっていた際に「ここの原文は仮定法だと思うのですがどうでしょうか」とアドバイスをいただいた高校1年生の私が(まったく記憶にないのだが)「仮定法はまだ習っていない」と豪語したらしくつまりろくな文法知識も辞書も持たずに徒手空拳で翻訳に取り組む少年を見かねてのことだったのだろう。

それから何度も使っているうちに手垢にまみれついにはぼろぼろになって今ではカバーも完全に外れてしまったのだがおそらく富田さんの自宅か仕事場でも使われていたものと見えて複数人の手でその役目をまっとうしたのだから辞書としては幸せだったろう。私は辞書にペンを入れないためこの本にあるアンダーラインは富田さんの手元でつけられたものだと思うのだが開いてみるとこんな言葉に赤線が引かれている。

 brainchildn.〈口〉案出されたもの、独自の考え、創見、発明、頭脳の産物

直訳すれば脳の子どもであり、してみると青空文庫はまさに富田さんのブレーンチャイルドであって、であればこそこうして親のように青空文庫のあれこれを世話したということでもあるだろう。しかしその送付物のなかには辞書だけでなく富田さんの著書『本の未来』も含まれており添えられた手紙には短くこう書かれてある。

1999年5月11日
青空文庫に関連する拙著を、同封しました。
自分の本を送るなどと言うのは、ちょっと下司な気もします。(なら、すんなって)
他の呼びかけ人には、内緒にしといてね。

『本の未来』は青空文庫前史とも言うべき本でここに「みにくいあひるの子」の引用があったことから次に訳すのはアンデルセンにしようと思ったりしたわけだが、むしろ今から振り返れば文字通り未来を託されてしまったのではと思い込むこともできて勝手ながら面はゆい。結局「あひるの子」は自分の訳ではなく菊池寛訳で公開されることになったが(入力担当は私)、私と富田さんとの交流は実際のやりとりというよりも、作品を介する形になることが多い。

その最大の一例は芥川龍之介「後世」だろう。現在未来に自分が評価されるとは必ずしも限らないと知りながらも芥川が百年のあと「その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか」と願ったエッセイである。ある時期から富田さんはこの文章を青空文庫の理念を示すものとして自分の講演で必ず読み上げるようになったがそういえばこの短文を見つけてきて電子化したのは大学生になりたての私であった。しかも初めて目にしたのは浪人中に解いていた現代文の問題集のなかであって一読して滂沱、その繊細な筆致と想いにまったく設問など手に着かなくなる始末。その印象がよほど強かったのだろう、無事京都大学に進学したのちその附属図書館にあった片田文庫という全集本の寄贈コレクションから「後世」の箇所を見つけ出してその内容に思いを馳せながら一文字ずつ丁寧にテキストファイルに起こしたのだった。

結局のところ本を本につなぐ行為とその意義とが芥川本人のみならずそこに関わった人間も含めて複層的に示されるという点でもパブリックドメインの青空が生んだひとつの価値なのだろう。

そうした活動を主唱した富田さんにはやはり闘士然としたところがあって各所においてそのエピソードは尽きないのだけれども個人的に知る範囲での話を持ち出すと著作権保護期間延長問題で青空文庫が反対の署名運動をし始めてしばらくのちにThinkCも軌道に乗り出していた頃のこと。自分はまじめに毎回レポートをまとめながらなおかつパブリックドメインの映画に自前の字幕をつけてフリー公開するという時代を先取りしすぎた行いに突っ走っていたときのことなのだが、きっとその突出感やちょうど富田さんの大好きな『素晴らしき哉、人生!』を手がけたということもあったのだろう、まだ少年のごとき私を横にしてある席で「彼はベルヌ条約を打倒する人だから」と紹介がてらもはや既定事項であるかのように突然言い出してそののちあらためて裏で「よろしく」と念押しされた。

ベルヌ条約というのはご存じの通り今の著作権法の国際的枠組みの根本を形作っている条約のことであってこれをひっくりかえしてほしいから「打倒をよろしく」というのは後進にゆだねるにしても正直のところ無茶にもほどがある。真意としては青空文庫で文化の共有と継承というあり方の実現をそれこそものすごい規模でまざまざと目の当たりにしたからこそで今の枠組みで作る人も受ける人も引き継ぐ人もみんな本当に幸せになれるのか疑問を抱き始めたからだと思われるのだがただこんなことを右も左もわからない少年に託すあたり、どうにも悪の秘密結社の総統か何かが世界征服を持ちかけたとしか思えないところがある。

結果として何年がかりかで自分はレポートをまとめあげてベルヌ条約の「保護と利用」を脱構築して「共有と保障」というまた別の枠組みを考えることになったのだが富田さんはこのオンデマンドで作られたレポート冊子をいたく気に入ったようで、「アシモフさんをたずねたとき、特装版のFoundation’sEdgeにサインしたものをいただいた。紙の本は時に、思い出をまとう。最初の本となるThinkC×Cを、大久保ゆうさんが送ってくれた。書棚の隣にならべて、はじめてメールをもらった頃の事を思う」とツイートしてくださり私もまた同じレポートを富田さんの刊行後すぐに断裁されてしまったという旺文社文庫版『パソコン創世記』の隣に並べてある。

その小ぶりの本が刊行されたのは自分がまだ3歳のときであるからもちろん新刊で買ったものではなく青空文庫の底本を探して古書店を回っていたときに手に入れたもので久々に手にとって開けてみると扉の裏に富田さんの自筆で大きく「『つながれ、人の輪』2003年4月26日青空文庫オフ会にて」と記されてあった。