オトメンと指を差されて(50)

みなさま、夏でございます。蒸し暑い日々が続いておりますが、こうなると何かしらひやりとするものが欲しくなって参りますよね。いつもならばオトメンらしく、そこで氷菓子やら冷スイーツなどなどをご紹介するところですが、いやいや怖い話、背筋の凍る怪談も捨てがたいわけなのです。

以前にホラーを見ると大笑いする、という私の奇癖についてお話したかもしれませんが、他人が(生命の大事に関わりない範囲で)怖がるというのも、これまたひとつの愉悦。おかげさまで恐怖小説の朗読のために訳稿を拵える仕事もしておりますが、では時折オリジナルのものを作るのかと聞かれることもございまして。しかしここが悩ましいのです。

なぜか私が怖いと思うものを人様にお話しすると、首をひねられるか、お笑いになるかで、ちっとも怖がってもらえないのです。えっ? 自分が怖いものを見聞きして笑うのだから、相手が吹き出しても何もおかしくないじゃないかって? いえいえ、そもそも私は、人様の恐れ怖がるものを〈勝手に〉笑っているだけであって、その恐ろしいものが本質的に笑えるものではないのです。ですから、〈怖いんじゃないかな〉と思うものは、やはりみなさんにとっても恐ろしいものであるはずなのです、よね?

たとえばひとつ例を挙げましょう。

あるところにひとりの大学生がおりました。その方は毎晩、夢枕に幽霊が立つもので、金縛りに合ってたいへんうなされておりました。あるとき、その学生は幽霊がいつも何かを呟いていることに気が付きました。耳を澄ませてみると、幽霊はこう言うのです。「見つからない、見つからない。」いったい何が見つからないんだろう、学生はこう感じて、ついに幽霊のことを調べることにしました。大家さんに聞いてみると幽霊の身元はすぐに判明しました。何でも何人か前の住人に翻訳家がおり、外出したときに車にはねられて死んでしまったと。化けて出そうなのはそいつしかいない、ということでしたが、結局何が見つからなかったのかはわかりません。「見つからない、見つからない。」学生は夜に現れた幽霊に思い切って聞いてみました。「何が見つからなかったんだい?」するとその翻訳家の幽霊は、悲しそうな顔をして、6文字のアルファベットを声に出して、ふっと消えたのです。むろん学生は早速その言葉を辞書で引いてみます。ところが、色んなサイズの、様々な言葉の辞書を引いてみましたが、そんな単語はいっさいないのです。また大家さんと話してみると、ああそういえば、とさらなる情報が入りました。そのときその翻訳家が訳していたある本の題名を教えてくれたのです。そこで学生は書店へ行って原書を買い、目を皿のようにして確かめたのですが、どうにも原書にもそんな単語はありません。結局何がどう見つからなかったんだろう、と思っていたのですが、ふと何となく大学の図書館から版の古い原書を借り出してみると......なんとその言葉がありまして......そうなんです、その翻訳家、原書の言葉がわからず考えあぐね、図書館へ調べものをしようと出かけたときに交通事故にあったのですが......その単語は、〈誤植〉だったのですッ!

ぎゃあああああああ。さらにさらにもうひとつ。

ある翻訳家がエッセイを訳しておりました。それは先頃自殺した作家の絶筆で、その訳者さんは長年その人の書き物を訳してきていて、ほとんど専属に近いといってもいい人でした。ですから相手の言いたいことや考えもわかって、いつもすらーっと訳せるんです。ところが、そのときは、不思議とある一節で止まってしまって。何てない文章なんです、文法も正しいし、意味もまあわかる、他の人からすれば普通の表現なんですが、その人はなぜだか引っかかって、言葉にならない、訳せない、というのも何と言うか、単語の選び方、これがいつもの相手じゃないんです。だから相手のヴォイスというか、声に乗ってこない、なってくれないわけです。おかしいな、おかしいな、何でなんだろう、うまく行かないな......とその訳者さんは思っていたのですが、そんなときいつもやることがありました。癖というかコツというか、原文を書き写すんです、いわゆる写経で、これが不思議なもので、わからない文章でも一字一句写しているうちにだんだんとわかってくるものでして。で、わかるまで様々な形で書きまして、そのままのときもあれば、文章をぐるぐる円状にしたり。そして、ふと何とはなしに一単語ずつ改行してみたんです......実は、その訳者さん、相手の作家とは面識があって、対談やプライヴェートで会ってて、もちろん訳すときの苦労や癖も話していまして......はっとしました。一つずつ縦に並べた単語の先頭のアルファベットをつなげて読んでみると...... タ ス ケ テ コ ロ サ レ ル!

ぎえええええええええ。

なんて恐ろしい。身体の震えが止まりませんよ。ひええええ。......あれ、......う〜ん、......どうやらやっぱり、怖さが伝わっていないみたいですね。なんでなんでしょう。

ん? んん? ......今気づいたことがあります。えっと、人様の怖いものが私は面白いんでしたよね。でしたら、もしかしたら私の面白いものこそ人様に怖いんであって、これみたく、私の怖いものはむしろ人様には失笑もの?

......あらあら。困ったものですねえ。(おしまい)