アジアのごはん(57)万願寺と伏見

一年ほど前から鶏肉が食べたくなくなった。さらに追い打ちをかけるように、今年の2月にインド帰りのタイで卵にアタってから、卵にも食指が動かない。豚肉や牛肉は、量は食べられないが、いまもおいしくいただけるので、決してベジタリアンへの道を歩んでいるわけではない、が。

わが家の食生活の柱は、長きにわたって野菜と魚と豆腐製品、そして鶏肉と卵であったので、鶏肉や卵を使う料理はよく作ってきた。なかでも手羽元と大根の煮込み、その翌日の煮汁を使った気配だけの親子どんぶり、とか、ル・クルーゼでたっぷりのオリーブオイルで作る鶏肉とじゃがいもとニンニクの蒸し焼き(ローズマリーの枝を入れる)などしょっちゅう作っていた。

思い返してみると、そういった料理は去年から今年にかけてほとんど作っていない。そういえば、カレーの肉も手羽元から豚こま切れになっている(かたまり肉だと重すぎるので)。鶏肉を食べてもおいしく感じないし、嬉しくない、ということに気づいてからはほぼ自分で鶏肉を料理しなくなってしまった。

なぜなのかはわからない。食物アレルギーをいろいろ持ってはいるが、アレルギーともなにか微妙に違うようなのである。わたしの食物アレルギーのパターンはだいたい3つある。1つ目は、口は嫌がらないのに、食べてしばらくすると気分が悪くなってくるもの。乳製品や豆の皮がこのパターン。2つ目は口が入れるのを拒否するもの。ブルーチーズやスパイスの八角、アールグレー紅茶のベルガモットなどがこのパターン。間違って口に入れると、たいがい吐き出す。それでも気分が悪くなる。3つ目はある一定以上食べるとじんましんがでるもの。さばとか貝とか。

そういえば、3.11後にゼオライト鉱石からつくったゼトックスという液体(セシウムをはじめ重金属の排出作用がある)をしばらく飲んでいたら、コーヒーが飲めなくなってしまったが、この感覚と似ているかもしれない。コーヒーは徐々においしく感じなくなり、必要性も感じなくなり、最後には飲むのが苦痛になった(これは、わたしだけでなく、ゼトックスの愛用者の口コミにもそういう人が何人かいたので、ゼオライト鉱石は重金属の排出だけでなく、脱カフェインまで促すようである)。この感覚がまさに、いまの鶏肉・卵なのだ。

鶏肉が使えないとなると、あとは魚か豆腐製品ぐらいしかメインディッシュの柱となるものがない。魚も毎日はしんどい。というわけで、ついつい豆腐とかお揚げに登場をお願いすることになる。豆乳ヨーグルトは毎朝食べているし、もう大豆にはほんとうにお世話になりっぱなしである。

京都に住んでいてよかったと思うことのひとつは、おいしい豆腐とお揚げがかんたんに手に入ることだろうか。いつも食べているのは長岡京の「あらいぶきっちん」という店のお豆腐やお揚げである。何でもうまいが、ここの絹厚揚げをじっくり焼いて食べるのは、まさに口福。

ここのお豆腐は、近所のおからはうすで週に一回、または引き売りの有機八百屋さんで買う。買えないときは、スーパーで売っている北野とようけ茶屋のお豆腐を「ま、いいか」と買う。東京から遊びに来た友達に、ごめん今日はセカンドの豆腐しかないねん、と供したら「これがセカンドぉ? ぜいたくです!」と叱られた。とにかく、あらいぶきっちんのお豆腐は、夏は冷やっこ、冬は湯豆腐、さらに白和えなどなどとあまり手をかけずとも十二分においしいので本当に助かる。お揚げも味噌汁、炒めもの、焼きもの、あぶってサラダに入れたりと大活躍。

さて、この暑い夏の最多登場メニューは、冷やっこのほかには、万願寺とうがらしとお揚げの焼いたん、そして伏見とうがらしの焼いたののおかかまぶし、である。万願寺はちょっと太めのとうがらし、伏見は細長いとうがらしで、どちらも辛くはない。京野菜なので、どこの地方にもあるわけではないだろうが、この二種のとうがらしの美味なことといったら。しかも、フライパンにちょっと油を引いてこんがり焼き、しょうゆを回しかけるだけでいいのだから、楽ちん極まりない。

万願寺は姿のままでもいいし、2つか3つに切って焼いてもいい。中の種も出す必要はない。これにおいしいお揚げさんを食べやすく切って、一緒に焼いてしょうゆをかけて食べる。ビールもすすむ、すすむ。

伏見のほうは、切らずに長いまま焼く。お揚げさんもなくてよく、代わりに皿に載せてからおかかを振る。ショウガなどもいらない。これもしょうゆだけで味が決まる。じっくり噛みしめて食べるとうまみがじわじわ。タイに来るまでに何回食べたことだろうか。もっとも、出発間際にもう一度食べたくなり、いつもの有機八百屋さんになかったので、近所のスーパーで買ってみたが、うまみがあんまりなくて、がっかりしたけれど。

というわけで、食生活の柱から鶏肉・卵が脱落して、最近は豆腐と野菜ばかり食べていた。5日前にタイのバンコクにやってきて、ランナム地区で月貸しアパートを借りた。ここは今回初めてのアパートである。もっとも友人が長いこと住んでいるし、お気に入りのタイ東北食堂が近所にあるところで、なじみのある場所だ。

さっそく、豆乳ヨーグルトをつくろうと、豆乳を売っている屋台を探したが、まだ見つけられていない。このあたりは中華系住人が少ないせいかも。スーパーで売っているわりと質の良い豆乳で試してみると、まずい豆腐のようなヨーグルトになってしまった‥。仕方がないので、日系デパートの伊勢丹に行って「卯の花」という日本人のお豆腐屋さんの豆乳を買い、それで作ってみると、なかなかおいしくできた。これで、なんとかバンコクでも豆乳ヨーグルト生活ができそうである。

もっとも京都で満喫している豆腐生活のほうは、バンコクでできるとは思っていないが、その分、京都に戻った時のたのしみ、と思っておこう。そうでもなければ、たくさんの人が原発推進・憲法改正・TPPをすすめる政党に票を入れるような国に帰って来たくなくなるではないか‥。