アジアのごはん(73)冷や飯食いのススメ

テレビ、電子レンジ、炊飯保温ジャー。現代ニッポンではごく当たり前の電化製品かも知れないが、ワタクシはこれらの電化製品を所有したことがない。中学まで住んでいた親の家にはもちろん3つともあったが、高校で家を出て以来、自分の居住空間にこれらがあるのがどういうわけかイヤなのである。ほしいと思ったことがない。くれると言われてもお断りしている。

で、ご飯は何で炊いているのかというと、ある時期は鍋だったり、圧力鍋だったりして、現在は炊飯用のみすずの土鍋で炊いている。これはとても使いやすく、小さくて場所をとらないのもいい。ご飯を食べたい1時間前にお米を洗って30分浸水し、だいたい15分中火で炊いて、火を止めて15分蒸らす。もちろん、何時間か前に米を洗っておいてもかまわない。火の調節はしないでいいのでタイマーさえセットしておけば楽ちんである。この土鍋では玄米は炊きにくいが、玄米は身体に合わないと分かったので、玄米健康神話から解放されて、心置きなく7~9分搗きぐらいのほぼ白いご飯を炊いて食べている。波照間島のもちきびを混ぜ込んで炊くのがお気に入りだ。

朝ごはんは食べないので、昼にご飯を炊くのだが、そのとき夕食の分も一緒に炊く。昼は炊き立てのご飯を食べ、夕食はそのまま冷や飯を食べるのが好きだ。持ってないけど炊飯ジャーで保温したご飯の味が好きではないし、温め直すために電磁波の強い電子レンジを買うなど考えられない。蒸し直すのも手間のわりにおいしくないし。だったら冷や飯のままでいいじゃないの。

京都人の連れは「それはいや」と冷や飯を断固拒否するので、以前は仕方なくお粥にしたり、雑炊にしたりしていた。京都人はお粥やお茶漬けを日常的によく食べるが、ヒバリにとってお粥は病人食だし、水っぽいお茶漬けもたまにはいいが毎日は食べたくない。冷や飯はけっこうおいしいと思うのに、連れがそこまで嫌うことがどうにも理解できない。

子母澤寛の「味覚極楽」(中公文庫)には飯は冷や飯に限る、という一節がある。「絶対熱い飯は喰わない。いや喰えなくなってしまった。そのため朝など女中さんが困ることもあるらしいが、少し硬めの冷飯に、その代わりだしのよく利いた舌の焼けるようなうまい味噌汁、これが私の一番好物」

ふむふむ。昼の残りのごはんを塩にぎりにしておいて夜に食べるのもいいな。あったかいおにぎりはおにぎりじゃない、と思う。もちろん、子母澤寛のように毎食すべて冷飯ということはなくて、1日2食のうち1回は冷や飯で何の不満もない、という具合だ。

前回の水牛通信では、痩せようと思って朝ごはんをココナツオイルとプーアル茶だけにしたところ、意図しないうちに長年の悩みであった低血糖の諸症状を改善し、血糖値コントロールに成功した話を書いたが、それから面白くなって血糖値を上げない食べ方や食べ物、腸内細菌について調べているうちに、思わぬところで冷や飯に出くわした。

それはレジスタントスターチ(難消化性でんぷん)としての冷や飯である。レジスタントスターチは食物繊維と同じような働きをする。胃や小腸では消化されず、大腸へ送られて腸内細菌の重要なエサになるのである。放射能問題に頭を悩ませているうちに、世界では腸内細菌の働きに関して、ここ数年で研究が飛躍的に進んでいたのだった。

腸内細菌の働きについてはここでは書きつくせないが、とにかくわたしたちの腸内に共生する細菌たちはとんでもなく多く、その数は3万種1000兆個にも達するとも言われる。腸内細菌が腸内で食物繊維やレジスタントスターチをエサとして発酵分解すると、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの人のエネルギー源である短鎖脂肪酸を産生し、さらに抗酸化作用を持つ水素、ビタミン、ミネラル、アミノ酸、各種酵素また脳内物質の前駆物質、ホルモン様物質なども産生する。要は、腸内細菌は人にとってものすごく重要な働きをする、なくてはならない共生細菌たちなのであった。

腸内細菌の働きは多種で複雑だが、大まかに分けて人にとって有益な働きをすることが多い菌たちを善玉菌、よくない働きをする菌を悪玉菌、どちらにも属さず多勢になびくものを日和見菌と呼ぶ。善玉菌の腸内フローラを増やし、各種の菌の絶妙なバランスを保って腸内の健康を保つことが、身体の健康を保つことになる。この善玉菌の働きを助け、エサになるのが食物繊維やレジスタントスターチである。

レジスタントスターチを多く含む食品は、いんげん、小豆、かぼちゃ、とうもろこし、大麦、玄米、白米、じゃがいも、さといもなどのでんぷんを含む野菜や穀物だが、これらの食品に含まれるでんぷんは、加熱されるとα化する。そして、それがゆっくり冷やされるとレジスタントスターチが倍増するのである。ちなみに小麦はレジスタントスターチの含有量が非常に少ない。玄米も白米も全粒小麦の10倍近く含む。

つまり、冷や飯を食べると、胃や小腸で糖分としてほとんど吸収されないということである。腸内細菌の非常に有効なエサとなるだけでなく、血糖値を急上昇させることがない、ということではないか。なんと!血糖値の急上昇はインシュリンの放出を呼び、それが血糖値の急降下を呼び、この血糖値のジョットコースターが身体にとって非常に悪い。これを日常的に繰り返すと、たんに低血糖でイライラするとかのレベルでない病気の元となってしまうのだった。肥満、ぽっこりお腹、老化、認知症!、糖尿病、高血圧。血糖値異常がつながりあって生活習慣病のさまざまな病気を引き起こす。

冷や飯は、温め直すとレジスタントスターチは元のように減ってしまうので、冷たいまま食べるべきである。お弁当のごはんやおにぎりも。じゃがいもはポテトサラダに、小豆は砂糖を加えず塩少々であんこを作るとすばらしい。いんげんは煮物より茹でて冷ましてサラダや胡麻和えに。

そういえば、以前面白く読んだ「最強の食事」(デイブ・アスプリー著、ダイヤモンド社刊)にもレジスタントスターチの話が少し書いてあった。読み直してみると、これらレジスタントスターチはそれをエサとする種類の菌が腸内にいないと、まったく意味がないようだった。この本の著者は、アメリカ人だが、冷や飯を試したところ、腹部膨張感と下痢に悩まされたという。

善玉菌にも膨大な種類の菌がいるわけで、うまくあなたの腸にいればもうけもの‥と著者は言うが、水田が広がり、米を常食する日本人やアジア人にとっては何の問題もない。あなたのお腹にはほぼまちがいなく、冷や飯レジスタントスターチを分解する腸内細菌が常在菌としている。

牧畜民族以外のアジア人は、デイブの推奨する「牧草を食べている牛の乳によるバター」を大量摂取して酪酸を得るより、冷や飯やカボチャなどを食べて腸内細菌に酪酸を作ってもらうのをメインにするのが正しい選択であろう。酪酸は人体にとって非常に有効で重要なエネルギー源である。

冷えたおにぎりを食べると異常にお腹が張るとか下痢するという人でないかぎり、冷や飯を食べることで簡単に腸内環境を整えることができるとは日本人は幸いである。しかも大量に食べる必要はない。夜に小さ目の茶碗一杯で十分なのである。

なんか好きじゃない、という理由でご飯を炊いて保温する電気炊飯ジャーも容易に温め直しができる電子レンジも持たないヒバリは、知らず知らずのうちに腸内フローラを整えていく環境がそろっていた。

「そういうわけなんで、これからは夕食のごはんは、君もお粥はやめて、冷や飯でいくから」と京都人の連れに申し渡したところ「ええ~、それはちょっと」と、盛り付けられた冷や飯を手に取ると、自分でお湯を沸かしてお茶漬けにしてさっさと食べはじめた。ココナツオイルコーヒーも拒否されたし、連れの身体改造計画は遅々として進まない‥。

2011年3月以来放射能が降り続けるこの国に住んで生きていくなら、自身の免疫力を上げていくしか生き残る道はない。免疫力を最大限に上げるには腸内フローラを育てていくしかないのだ。さあ、電子レンジと炊飯保温ジャーを捨てて、冷や飯を食べよう。