今年の大河ドラマ『真田丸』では、当時の風習に従って、実名(正式名)呼びをできるだけ避けて、仮名(けみょう、通称のこと)で呼びかけている。というわけで、今回はジャワでの人の名前について。
ジャワに留学して最初に警察で外国人登録をしたときに驚いたのが、本名以外に呼び名nama panggilも登録項目に入っていたことだった。ジャワ人には本名とは全然関係のない呼び名の人もいる。私の家の管理人の娘はウィウィという呼び名だったが、本当の名前はアデレードとかそんな感じの名前だった。そのことを、私は結婚式の招待状をもらって初めて知った。また逆に、留学先の大学で、履修要項に載っている教員名が、始めは誰が誰か分からなかったということもある。つまり、普段は誰もその正式な教員名で呼んでいないのだ。教員の中には、ジャワ語で「食べる」という意味の呼び名や擬音語の呼び名など、変な呼び名を持つ人もいた。
その教員名がパスポート名と違う人も中にいた。たとえばある芸大教員は、教員名は洗礼名+個人名の組み合わせだが、パスポート名は個人名+父親の名前の組み合わせだった。ジャワ人には苗字がないので、父親の名前を自分の名前の後につけて名乗ることは普通だが、なぜ教員名(国立大学だったから、公務員番号と対応しているはず)と一致していなくてもよいのか不思議だ。実はインドネシア国民はアイデンティティ・カード(KTP)で身分確認をするのだが、そのKTP名はどうなっていたのだろう...ということも今になって気になる。また、この教員が言うには、パスポート名については出入管理局で名前を自分の名前+父親の名前の2語の組み合わせで登録するように指導されたらしい。名前は2語でというのは、苗字と個人名の組み合わせという国際基準を意識しているのだろうが、パスポート名が名前1語という人も私の知り合いにいる。さらに、この教員はパスポートを切り替える時に、洗礼名+個人名に変更している。パスポート名の付け方に厳格なルールはないのだろうか、本人確認に問題はないのだろうか...と気になってしまう。
ジャワ人は個人名+父親の名前で名乗ると書いたが、女性は結婚すると夫の名前を後ろにつけて名乗る。私の舞踊の師匠の故スリ・スチアティ・ジョコ・スハルジョ女史は、スリ・スチアティが個人名、ジョコ・スハルジョが夫の名前で、ブ・ジョコと一般に呼ばれていた。ブは女性に対する尊称である。その先生が入院したのでお見舞いに行き、病院で看護婦さんに「ブ・ジョコの部屋はどこですか」と聞いたら、「本人の名前は? ブ・ジョコは旦那さんの名前でしょう?」と聞き返されてしまった。そう言われても、私は14年間師事した間に師匠を個人名で呼んだことがなく、また、周囲が個人名で呼ぶのを聞いたこともない。病院では本名だけを使うんだなあと驚いたことを思い出す。
ジャワには2人称の呼称が沢山あり、自分との関係や状況によって使い分ける。大人の女性の場合、一般的なのはイブ(年齢や社会的地位が上の人の場合、ブ・ジョコのブもイブに同じ)かバ(イブほどではなく、より自分と近い場合)だ。私の留学先の芸大の舞踊科はリベラルな雰囲気で、教員たちは生徒にバと呼ばせていたが、より権威主義的な他の芸大ではイブと呼ばせていた。また、イブやバを使わない人たちもいる。私はインドネシアのあるNPO団体の人に、イブやバは社会階層の概念と結びついているので、全員が平等の立場であるべきNPOでは使わないと言われたことがある。彼らの拠点はジャカルタだったのでまだそれが可能なのかもしれないが、ジャワに長くいた私は、名前だけ呼べばよいとする彼らの意見に驚いたものだ。