アザッドのいとこのファーデル一家は、10年前にデンマークに難民としてやってきた。パスポートを持たずに海をわたり、不法に入国した後に難民申請するというのとは違い、デンマーク政府が、難民キャンプに出向き面接をし、合法的に移住させるという制度である。10年ぶりの再会だ。
沙漠のスーパーマン
父親は、10年間、これっぽちのデンマーク語を覚えようとはせず、クルド服を着続けて、つい先日亡くなった。母親も、デンマーク語は、ほとんど話せない。夫を失い寂しそうだった。
長男のファイドーンは、結婚していた。散髪屋で働いている。結構太って、そして頭もかなり禿げていたので、気が付かなかった。弟のカマルは、刑務所に入れられていた。デンマーク人とけんかをして、殴ったのかどうかは実際わからないが、一度出所して、また、そいつに暴言を吐いたとかで、また刑務所に戻されたそうだ。
一番下のアーデルは、21歳になって、まだ、大学生だが、ムエタイのチャンピオンに2回なっていた。トロフィーとチャンピオンベルトが飾ってある。これはいい話だと飛びつく僕。
「すごいじゃない?」
「ああ、でも、もうボクシングはやらない」
「どうして?」
「お金にならないからさ」
ちょっとがっかりしている僕にファーデルが言う。
「今は、親父が死んで、こいつは落ち込んでいるけど、きっとまたボクシングをやってくれるよ」
姉のシーシャは、10年経ってもまだきれいだったし、アーデルと喧嘩ばかりしていた妹のスェイバは、今回会えなかったが、きっときれいなお姉さんになっているのだろう。
ファーデルは、29歳は、立派な若者に成長していた。数年前は、市議に立候補もした。マイノリティの権利を訴えている政党のメンバーらしい。デンマーク人の彼女もできた。もう、すっかり立派なデンマーク人になっていた。デンマークは税金も高く、給与の半分は持っていかれるから、マイノリティであろうが、納税者としての権利意識は高く、政治にも参加する。ファーデルの主な仕事は、市役所で難民や移民へ仕事を紹介している。日本と比べてみれば、非常に成熟した他民族の町という感じだ。
デンマークに10年以上暮らす日本人にも話を聞いてみた。夫がデンマーク人の彼女は、
「給料は高くても、税金で半分とか取られるので手取りはたいしたことないです。そのかわり、医療や学校、老人ホームなど無料のものも多いです。で、最近は学校や幼稚園などの教育関係から、医療など人間にかかわるセクションの経費削減がすさまじいです。その一因は難民、移民にかかる経費が膨らんでいるからです。デンマーク人の福祉崩壊する危険を心配する人が多く、そのうえ、難民への費用ばかりがかさんでいくことに不満を感じる人が多いです」とのこと。
ファーデルたちの仕事は、右傾化するデンマーク社会の中で、新たに移住してきた難民たちの面倒を見ながら、彼らが、じきに立派な市民として、デンマーク社会に貢献することを説明し、理解してもらうという重要な任務を担っているのだ。