キオクの匂い

笠井瑞丈

よく幼少期に過ごした
ドイツの事を思い出す

自分の最初のキオクとして
ハッキリと覚えているのが
ドイツからなのかもしれない

深夜目を閉じる
浅い眠りにつく
頭の中に遠い
キオクの匂い

春の草の匂い
夏の木の匂い
秋の空の匂い
冬の雪の匂い

色々な匂いとキオクが結びつく
不思議なもで匂いというは
キオクと繋がっているのだ

キオクというのは匂いであり
匂いというのはキオクなのだ

森の葉っぱや草の匂い
市電の座席の皮の匂い
雪降る町の寂しい匂い
クリスマの蝋燭の匂い

家の窓から外を眺めると
トウモロコシ畑が強風で
荒波のように揺れている
遠くまで続く雲の塊たち
それをずっと眺めていた

市場で買い物のレジの列にならぶ
前に並んでいたおじさんの足元に
カラフルな三色のアイスを落とす
灰色のスーツズボンの裾に落ちる
ストロベリーバニラチョコレート

市電で寝過ごして最終駅に
未知の世界に迷い込む
そこから出られない絶望
困りはてた僕を見て
知らないおばあさんが
家まで送ってくれた
二人で歩いた陽の差す道
長く伸びる二つの影が
アスファルトの上を
ゆらゆらと揺れている

初めて行くミュンヘン
あの大きなスタジアム
博物館にあった潜水艦
喫茶店で飲んだココア
窓から覗く町の景色
暗くなった町の街灯
全てが初めて見たものに思えた

森から眺める遠くの街の光
あそこには何があるのだろうか
きっと違う世界がそこにはある
夜空を眺めて遠い星を見ている
たどり着く事の出来ない星
そんな場所を想像してみる

生活
生きる
あの時は
全ての時間が
想像に溢れていた
幼少期の思い出だ

きっと何かに守られて
夢の世界に住んでいた

今はそう思う

夢の中で起きた夢の中の出来事
残っているのは匂いという記憶だけ

浅い眠り
から







朝の陽が窓から射す
庭の桜が咲いてきた

チャボ達も変わらず仲良しだ