製本かい摘みましては(57)

四釜裕子

NHKの番組情報誌「ステラ」で資料を探していたら、製本工芸家・栃折久美子さんの記事が目に入った。1995年10月16日〜19日、深夜のラジオ番組「ラジオ深夜便」に出演し、翌月に予定されている「ルリユール20年 栃折久美子展」を前に自身の歩みを語ったものだ。ルリユール(製本工芸)を学んだベルギーから帰国した3年後の1975年に個展開催、ブックデザイナーの仕事をしながら、のちに一緒に工房を運営するアシスタントと自身のアトリエで研鑽を積み、80年にはルリユールを日本で習得できるように道具や材料を揃えた工房を都内のカルチャースクール内に持った。「ステラ」誌面にはご自身がルリユールした赤瀬川原平『オブジェを持った無産者』、竹西寛子『兵隊宿』、中原中也『山羊の歌』の写真が添えてある。

「深夜便」の放送を私は聞いていないが、それより少し前になにかの雑誌で「ルリユール」を知り、95年11月の栃折さんの個展にでかけるべく、会場に電話をかけたのだった。それが思わず長話になりルリユールを習ってみたいのですなどと言うと工房に見学にいらっしゃいと教えられ、その時たまたま電話をとったのが栃折さんであったことを後に知る。翌週、教えられた場所に出向くとそこは駅前の百貨店の上階の一室で、三方を道具や材料に囲まれた中でにぎやかに製本している人たちがいる。ここで習えばどんな本も思いのままに作れそうだ!という無邪気で幸せな予感を得て、早速翌月から通うことにする。帰りに下のフロアの書店に立ち寄り眺めていると、ちょっとはみ出た『モロッコ革の本』(栃折久美子著)に呼び止められ、運命だ、と思う。

時が経ち――どんな本でも思いのままに作れるような人になっていない私にとってその運命って何?なわけだけれど、その後ずっといつも机の近くに『モロッコ革の本』があるのだから、出会ったあの日は確かにウンメイの一日である。今日もまたページをめくる。冒頭は栃折さんが留学先のブリュッセルに向かうアエロ・フロート機内でうんざりしているシーン、その原因が札幌冬期オリンピック帰りの一行と乗り合わせたことにあったとは、何度も読んでいるのに忘れていた。それから38年後、21回目の冬期オリンピックが終ろうとしている今日なのである。

「ステラ」に戻る。栃折さんはこう言っている。「ルリユールは、ことばの入れ物。その中に想像の世界があります。決して難しいものではなく、だれにでも簡単に楽しむことができます」。本格的にやろうとすれば、ルリユールはとても簡単に楽しむことなどできない。だが楽しむことに”本格的”もそうでないもあるものか。「ことばの入れ物」に興味を覚えた者たちよ、妄想結構、無理でも結構、難しいかどうかを惑ってる間に想像を多いに楽しめ。栃折さんのそういう思いを、今も私は時折勝手にこの背に覚えるのだ。