143 旋頭歌15――墓原の透谷に対す

藤井貞和

悪の華腐った土に帰る細菌つかのまの仮眠人生(ひとよ)の花壇に朽ちる
旋頭歌の悪の華きみ呪いの仮面臥し床に石の枕の朽ち果てる脳
透谷の白い肩むさぼる眠りいっとき枕辺に石がおもたく倒れて
もののかずでは―きみすなつりつぶし思えばよ月も―花も―ない墓のなか
こんなにも―安らかでいることのたのしさ透谷の骨の粉末ふりそそぐ肩
ぐっしょりと指の牙爪をぬぐわないからついに溶けだして雫となる焦げ方
朽ちてゆくあたしのからだ塵になるまでこのままに縁の切れめのこの世じゃないか
悪からのまぎれの距離に水がながれて松の琴を風の手が弾く今宵のしらべ
この深い黒ぬりの闇寝静まるころ腐る鶏肉夜声一声するどく最期
ああ何は―ともあれというきもちがうごくふるさとへ帰れるのなら置く泥袋
「一」と「一」とを分離する一撃は―打つ墓原に紺青の小笹がそよぐ
がんえんを融かしてあたしが融ける時間にちいさなぬめり占う人の
いま満ちるがんえん古い複数と新しい黒衣踊れすがたなき亡霊の夜
あれ待てよ肉なきわが身ない季節ないあなめあなめ唱える惨歌
死海文書にいま満ちるあけがたのかばねをぶらりと垂らして塩湖

(透谷さん、苦しかったぼくらはこれからの拷問に耐えられない。もっともっと苦しい透谷さんを思って拷問に耐える。精神の紙ずたずた、黒い動物がどうかしちゃって、夢に見ちゃった愉しかったよ。)