アジアのごはん(87)ビルマの和え麺ナンジー・トゥッ

森下ヒバリ

ビルマ(ミャンマー)の都市ヤンゴン8日目。久しぶりに日本料理屋に行って、和食を食べるつもりだったのだが、お目当ての店「SAKURA」は見事にお休みでシャッターが下りていた。しかし、ココロはすでに和食モード。この近所にないかな? 地図で探すと、もうしばらくマハバンドゥーラ通りを行けば「横綱」という店がある。うまいかどうかは分からないが、まあとりあえず行ってみよう。てくてく歩いて、辿り着いたらここもお休み。ああ、日曜日だもんな。

腹ペコで、もうなんでもいい。通りの反対側にYKKOという店があったが、ビルマに似つかわしくない、ピカピカしたファミリーレストラン風。う~む。その近くにかわいらしい手作りのタイ料理屋の看板があった。数日後にはタイに戻るのにタイ料理もねえ。とりあえず矢印にそって小路を入り店の前に行くと、その隣にもビルマ食堂らしきものがあった。

「バーマース・トラディショナルフード」とビルマ語の看板の下に英語で書いてあるのが読めた。半分開けっ放しの食堂に入ると、大きな黒板にビルマ語でメニュウが書いてある。作り置きのヒンと呼ばれる油煮込み料理がトレーに並ぶ、いわゆるビルマ定食の店ではないようだ。まあ、他の客が食べている料理を指させばいいだろう。

テーブルに座ると、少年が注文を取りにやって来たが、英語は通じない。みんな何を食べているのかときょろきょろしていると、マネージャーぽいおじさんが簡単な英語のメニューを持って来てくれた。おお、すばらしい‥しかし、読んでもどんな料理かほとんどわからない。

「う~ん、ナンジー・トゥッ?ライスヌードル・チキングレービーっていうのはどう?」「それ何?」「知らないよ‥あんかけ麺かな」マネージャーに聞くと、厨房とつながったカウンターに連れて行ってくれて、茹でておいてある白い米麺を指差した。おお、まるで稲庭うどんのような麺。こんなうどんのような太い米麺はまだ食べたことがない。

じゃあ、これね、と注文したところでカウンターに他の客の卵焼きのせご飯が出てきた。タイのカウ・カイジヨウとまったく同じだ。しかもトマトなんかも入ってすごくおいしそう。もうひとつはコレ~!と無事注文を終えて、まつことしばし。

先に麺が出てきた。あれ、あんかけじゃないのか。汁けのない和え麺である。ちょっと黄色いたれに絡まった麺の上にはゆで鶏肉の裂いたのと香草がのっている。付け合せに茹で卵とライムが添えられている。わたしは、鶏肉がどういうわけか5年ほど前からほとんど食べられなくなったので、これは相方の分である。このバージョンで豚肉とか魚はないのかと聞いたが、ないとのこと。ふうん?

「あ、これ‥!」ライムをぎゅうぎゅうと麺に絞ってかけ、かきまわして一口二口食べた相方が、ぱあっと顔を輝かせて叫んだ。「これ、スパゲティやわ、なんてったけ、ほらあれ!」「はあ?」何アホなこと言ってんの、と思いつつ一口味見してみた。「う、うまい。これはあれやわ、カルボナーラ!」「そう、それそれ!」

なぜ、米麺にチキングレイビーソースを絡ませたら、生クリームと生卵・ベーコンのカルボナーラ味になるのだ! もちろん、乳製品も生卵も入っていない。何か不思議な調味料でも入っているのか? ビルマの麺料理は奥が深い、深すぎるぞ。

日本に帰って、いろいろ調べてみたところ、最初に見つけたナンジー・トゥの作り方はこうだ。

太い米麺ナンジーを茹でる。チェッターヒン(ビルマのチキンカレー)の汁を絡ませ、チキンの身をほぐしてのせ、香草を刻んでのせ、ライムを絞る。
え、残り物のチキンカレーで作る料理ですか?

さすがに、それは家庭での話らしい。きちんと作るには、玉ねぎ、ショウガ、ニンニクを刻んでたっぷりの油で煮て、チキンを加えてパプリカパウダー、粉トウガラシ、ターメリック、魚醤(ナムプラー)を加えてさらに煮て水分を飛ばし、(つまりビルマチキンカレーを作り)それを茹でた麺と和え、焼いたひよこ豆の粉をふり、香草をちらし、ライムを絞る、という。

ビルマ料理の中核をなす、油煮込み料理のヒンは、カレーというにはスパイスをあまり使わない。なので、インドカレーに比べるとおだやかな味である。油分が多いのだが、この油にはうまみが濃縮されている。しかし、油になれていない日本人は食べ過ぎるとお腹を下すので要注意だ。ビルマカレーを食べるときは、上に浮かんでいる油はなるべく食べないように‥って残すのはもったいないしな~。

やっぱりナンジー・トゥッは残ったカレーの油っぽい汁の再利用から始まっているのかも。ひよこ豆の粉を加えることで、まろやかなコクがでて、カルボナーラみたいな味になるのかも。ライムの酸味も重要そうだ。そういえば、うちには、米粉と合わせて使うと風味が上がるので、ひよこ豆粉が常備してあるではないか。ほかには、入手困難なスパイスも使わないので、ナンジー・トゥッを再現できるかもしれない。

もちっとした太い米麺というのも、他のアジア諸国では見かけない。この麺だからこそ、スパゲティのような食感がでるのだ。ビルマの米麺には、ビルマ族が主に食べるインディカ米で作った米麺と、シャン族が食べるジャポニカ米で作る米麺、米粉を発酵させて作る中華系のビーフンの三種がある。インディカ米の麺は、モウヒンガーに使う細麺、中太麺、太麺、平麺、切り麺の種類があり、麺料理によって使う麺がだいたい決まっている。

ビルマの麺料理と言えば、魚の身をすり潰してスープに加えたカレー風味の米麺モウヒンガー、そしてココナツミルクの入った鶏だしスープの小麦中華麺オンノカウスエ、そしてシャン族の米麺シャン・カウスエが有名である。考えてみたら、これまでこの三種類の麺料理しか食べたことがなかった。ナンジー・トゥッのおかげでビルマの麺料理にはまだまだ広い世界があることが分かって、楽しくなってくる。

卵焼きのせご飯もやって来た。スープとキャベツの浅漬けが付いてくる。このキャベツの漬け物がまたうまい。ビルマの漬け物はどこで食べてもはずれがない。先日行ったシャン・ヌードルの店では、付け合せの高菜の漬け物がおいしくて友達の分ももらって三人前も食べた。う~ん、乳酸菌をたっぷり補充して満足。

市場に行くと、さまざまな塩辛の調味料が山積みされていたし、大きな桶に入った漬け物コーナーも充実していた。漬け物は米のとぎ汁と塩を入れて乳酸発酵させるタイプが多い。青菜、大根、たけのこ、ほか何種類もの野菜の漬け物桶が並ぶ姿を見れば、いかにビルマ人が漬け物好きか分かるというものだ。日本人はあまりしない利用法だが、乳酸発酵の漬け物は漬け汁ごとスープなどの料理にも使われる。その他、発酵させた豆の煮もの、魚の馴れずし、お茶の葉の漬け物ラぺ、などビルマは発酵食品の宝庫であった。

人口の7割を占めるビルマ族、そのほかタイ系のシャン、カチン、カレン、カヤー、チン、ラカイン、アラカン、先住民族のモーン、ピュー、インダーなどビルマには135もの民族がいる。多民族国家なのだ。長い歴史の中で、交流の多い民族間では食文化も互いに影響し合い、区別がつかないほど同化しているものもあるが、ビルマの国の食は民族のバラエティに富み、滋味あふれ興味が尽きない。