製本かい摘みましては(132)

四釜裕子

高橋麻帆さんの『「高橋麻帆書店」という古書店』(龜鳴屋 2017.6.1)という本が小型で未綴じというので、今夏、手にした。本文136ページ(16ページ×8折+8ページ×1折)に、取り扱い品の写真と説明が表裏に刷られたペラが40枚、さらに追補の1枚が、コの字型の表紙にくるまれ、桃色の題箋を貼った青灰色の函におさめられている。題箋と表紙は活版刷りで、函の口には中身が取り出しやすいような型抜きがしてある。造本設計/龜鳴屋、写真撮影/小幡英典、印刷/山田写真製版所と尚榮堂(函題紙、表紙)。限定510部、税別3200円。大きさが92ミリ×135ミリなのはわかっていたのだけれど、想像以上に小さくてかわいらしい。厚みは16ミリくらい。特装本も予定されているようで、表紙は、百年前のドイツの白い亜麻布か、大正から昭和にかけてのえびいろの絹帯と案内がある。

ヘルマン・パールの自伝が古本屋に出ていることを銀座の資生堂パーラーで恩師から聞いた高橋さんは、そのまま走って本屋に向かう。ヘルマン・パールというのはウィーン世紀末のキーパーソンで批評家だそうで、高橋さんが博士論文を書いていたときに〈喉から手が出るほど欲しかった〉本だったそうだ。向かったのは神田神保町の田村書店。その後、なんと高橋さんはここの洋書部のドイツ書担当として働くようになる。データ取りや目録作りに没頭し、ヘーゲルの書き込み本発見の一部始終を目撃することにもなり、〈想像を絶する楽しい仕事〉をして過ごした数年後、金沢に戻って古書店を開業するにいたった道のりとその後を描いたのが本書だ。

装丁は龜鳴屋の勝井隆則さん。シュトゥルム本をもとにオマージュとして作ったそうだ。シュトゥルムは、〈植物図版本が王様貴族のためのものとして豪華に作られるばかりであったことを憂いて、意図的に、この本を身近な植物をテーマとして廉価に作成、一般の人が手に取りやすいように〉作ったという。装幀工房に出す前のシュトゥルム本写真が、取り扱い本を写した図版ページに掲載されている。あわい桃色の紙は表紙だろうか。小さくて良くわからないけれども、本書が、文字のレイアウトも含めてシュトゥルム本に極めて良く似せて作られたことはわかる。函は、高橋さんにとって大切な青緑色(資生堂パーラーのソーダの色)に近い水色に見えるが、これも実際は本書の函の色が近いのだろう。

本文中、「手彩色の魅力」と題されたなかに、〈本自体に果たして美しさはあるのだろうか。〉という問いがある。本の価値は来歴や希少性に置かれ、大切なのは背後の物語であるが、美しい本という視点で考えるならば、インキュナブラ以前の写本時代のものとドノヴァンに代表される彩色博物誌の分野だけは別格だと高橋さんは言う。そして、この、印象的な一文。〈本という存在があまりにも完璧で、近づきがたいと感じる日には、図版に欠けのある本や、またバラバラになっても大切に保存されてきた版画、あるいは、本を目指して製作されながらも、一度も綴じられたことのない、いまだ一枚のままの姿である版画のことを眺めたいと思う。〉(107ページ)

図版の中には、手彩色なしの『アイヒシュテットの庭園』(ベスラー 1713)の一枚もあった。索引ページにドイツ語で色が記されているのを読みながらこの図を眺める楽しさがあること、また、銅版の線を味わうにはむしろ彩色のない図譜がいい、と、裏面に書いてある。「手彩色の魅力」の本文に戻ると、” 当時彩色 “というのは極めて稀なんだそうである。古書や版画の市場に出ている彩色物は、かつて持っていた人やディーラーが施したもの、なぜならば色がなければ売り物にならないという暗黙の了解があるから、という。

実際、こんな風にして図版を見ては本文に戻り、また図版に戻っては本文をめくり……を繰り返すのに、未綴じはやっぱり扱いにくい。本文だけ、穴を3つずつあけて軽く糸で綴じておこうかな。シュトゥルム本はいったいどんな風に装幀されていたのだろう。ネットオークションの写真でいくつか見かけたが、はっきりわからない。ドイツの白い亜麻布か日本のえびいろの絹帯でくるまれる本書の特装本はきっとそのあたりも教えてくれるだろうから、目にする機会が待ち遠しい。

『「高橋麻帆書店」という古書店』は龜鳴屋の二十四冊目の本だ。同社の五冊目である伊藤人譽さんの『馬込の家 室生犀星断章』が手元にあるのだが、普及版とはいえ本文は活版刷りで糸かがり、表紙には前田良雄さんの手摺り木版(手彩色)、そして、栃折久美子さんが寄稿していた。栃折さんは、筑摩書店で犀星を担当していたころに『蜜のあはれ』の装本用に金魚の魚拓をとっている。犀星はそれをネタに短編「火の魚」を書き、主人公の名を栃見とち子としたのだった。

『馬込の家』にも、表紙がスウェードで ” 竹穂垣風 ” 貼函に入れた特装本がある。改めて、版元の公式サイトで「龜鳴屋とは」を読む。〈時流におきやられ、世間から忘れられた作家でも、掬すべき作ありと思えば一冊の本に仕立て、この世にその痕跡をとどめるのが、零細版元の本領〉。「龜」という字を大きく紙に書いてみる。これを機会に、龜をそらで書けるようになろうと思う。