湧きいづる霊(もの)の栖(すみか)は 見えねども、このうつせみや 住みかなるらむ
(佐竹弥生)
霊がやってくる、杖を投げる、
ものがたりの夜、
うようよする霊に袿(うちき)を着せる、
蓑をとる、笠を脱ぐ、
笹の葉の包帯をする顔、手足、
声にならない小声。
われらの暗鬱なものがたりがやってくる、
戸口を敲け、戸びらを襲え、声がする、
ゆらゆらする入れもの うつせみ、
藻が立ち上がる、詰めものにする、
緜(わた)、はらわた、蛻(ぬけがら)のなかみを探し尋ねる。
もののけが心の鬼なら、われらは 鬼の栖だ、
ゆらゆらする帳(とばり)にかげ一つ、
浮かぶことばは「泪のつぼみ」、佐竹が言う。
かげに見えているわれらの錺(かざ)り、
よそおい、足の鈴、きらきらする環(たまき)、
どこから射してくる夕陽の笄(こうがい)、
錺るわれらのからだは語るか、霊を。
「泪のつぼみ」を通る男を見ることがある、
ひとを行きわかれる男が佇む、
この辺りは鬼の栖、もう行くところがない、
男は鬼になる、もう行くところがないから。
黄色、黄色、たましいの色、
入れもののちいさなすきまにゆれる、
かがやく光を蒐めるつらい庭仕事、
男は手をやすめる、そのつらい庭仕事、
かいま見る嬪(ひめ)の正体 舞台の暗転、
笠のしたの女は蛇だ。
ゆらゆらする玉垂れを打つ だれか、
鱗をでられない女が舞台の上手(かみて)にいる、
「ト書き」によればここから笠が、
生き生きする舞の手をひとつ、
ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、
ななつ、やっつ、戸びらを襲う鬼の声、
笠はかたちを脱ぎ、鱗の包帯をとる。
嬪の秘める結婚の式、
結婚の座とその聖なる意味と、
からだに刻まれる結婚と、たましいの結婚。
どこからきたのか 笠、
ドアをくぐる ここに来る笠、
笠を脱ぐ旅人が暖をとる 色々、
みどり色の灰が色を脱ぐ横座、
杖を取り出す、笠のしたから、
昼は日のことごと、
夜は夜のことごと
かさが よこたわる、ここは最後の座。
おもかげは躬をはなれない、
鬼だと知ってどうなるものでもない、
どうしてはなれなければならないことがあろう?
やまざくらがさいて散る、こころを花のもとに、
捨てる、躬も心もとろける、そうだ、ここは鬼の栖、
鬼の栖にうつせみがのこる、見えない住みか、
「泪のつぼみ」はもう帰らぬ、
ものがたりはくずれる、がらがら、
このうつせみや ついの栖。
(鳥取の歌人、佐竹弥生にお会いしたことがある。『大切なものを収める家』(思潮社、一九九二)に「Mono-gatari」(ローマ字詩)および「霊語(ものがた)り」という追悼詩を二篇、私は書いた。今回、ローマ字詩のほうを漢字かな交じり表記に変えて、題は「霊語り」とする。前回の「文法擬」も追悼詩で、高校教育と『源氏物語』とに身心をささげていた北川真理を最期まで見送る。)