数日前にメキシコから帰ってきたところ。
20代の終わりに、カリフォルニアから友人とメキシコ旅行をした時は、ときには2人でときには1人で、汽車とバスを使って、埃にまみれて旅行した。あれとは違う。
今回は大名旅行です。 妻の息子二人とその家族。妻の姉夫婦とその息子夫婦とか、そのまた息子と友人。全部で十七人。上は84歳から下は9ヶ月の子供まで。
私の妻(78歳)は2回手術をしていて、再手術はメキシコ出発の二週間前でした。感染症もないから、医者は行ってよろしいと。だけど1月からは、また化学療法を始めないいけない。それと姉夫婦の夫(84歳)は、この何年間に数回の腰の手術で、杖を使ってやっと歩ける。二人は共に長期間は歩けない。空港では二人とも車椅子で移動。妻は、ホテルでの階段は、私が手を繋いで上がり下がりします。
もっとも妻の息子の一人は、緊急治療室とペインクリニック(痛み管理治療室)の医者だし、家族の一人(甥)は外科医だから、二人の医者がグループ内にいてクスリなども準備していた。
症状が悪くなってもなんとかなるだろう。
最初は私たちと息子たち家族との旅行だったのだけど、それに拡大家族が参加した。そのまた友人も参加していたので、それも含めれば全部で二十二人。病人と赤ん坊を含む、大グループなのです。
飛行機でカリフォルニアからメキシコのIxtapaに飛んで、そこに地中海クラブのスタッフが迎えに来た。30分「メキシコ」を走って、地中海クラブの中に入って、そこからほとんど外に出なかった。楽しかったけど、地中海クラブは絶対にメキシコではないね。
7日間の滞在中、ニュージーランドにいる息子とか、日本の友人にメールを書いた。それを以下に引用します。もう一度書くのがめんどくさいから。
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「日本の友人へのメール1」
Ixtapaの地中海クラブ(Club Med)にいます。
ここはメキシコといっても、メキシコではないね。
もっとアメリカ人がいるかと思ったら、ほとんどメキシコ人の中産階級。中産階級の植民地です。「現地メキシコ人」は働いている。
空港からここに来るまで、道路の両端に「メキシコ」が見えました。
従業員にも英語が通じない。もっとも我らの大グループの一人の女性は両親がメキシコ人で、英語・スペイン語の完全なバイリンガルで、テッドもモーゼスもスペイン語が堪能だから、それらに頼っています。Nancyだってスペイン語は少ししゃべる。
Club Medの食事はいい。ビュフェでいろんなものあり。ちゃんとしたレストランもいくつかある。プールは子供用と大人用で全部で四つあり。ビーチは目の前だし。
アジア人は、私と、妻の息子の奥さんの香港系アメリカ中国人、それともう一人の息子の奥さんの日系カナダ人の三人だけ。白人も私たちグループ以外に、ほとんどいない。
あとは何百人のメキシコ人。仲間の一人の女性は過去の経験からメキシコが大嫌い。それでメキシコ(地中海クラブ)は嫌いだと公言しているけど、ここはメキシコではないのだけどなあ。メキシコ中産階級の植民地です。生活様式も食事もメキシコ様式というよりアメリカ式、というよりカリフォルニア式だね。
私は1973年1月に、カリフォルニアから汽車とバスを乗り継いで、数日かかってメキシコ・シティにいた鶴見俊輔に会いに行った。あのときはちゃんとメキシコを経験した。ちゃんと下痢もしたし。今回はグループの誰も下痢をしない。安全な食事だった。
汽車とバスのメキシコ旅行は、埃まみれになって、安宿にメキシコ人と一緒の飯屋は二十代の後半だった。
帰ってきてその話を友人にしたら、彼もメキシコに行った。別の女性の友人に話したら、彼女もメキシコに行って子供まで作って、その父親まで連れて日本に戻ってきた。
「ニュージーランドにいる息子へのメール1」
明日カリフォルニアに戻ります。
今日は最後の日で、いろいろ催し物に参加します。
カリフォルニアに戻るので、またコロナの検査をしました。
妻も私も元気です。ご心配なきよう。
「息子へのメール2」
IxtapaからLA行きのUnited Airに乗っています。
UAの食事がまずいのは、カリフォルニアと東京の往復をUA Airで繰り返ししていたから知っている。
だけどこれほどまずい食事は、これまで経験したことがない。
後ろの席に座っているNancyがわざわざ、これはひどいわねえと言ってきた。
UAがビジネスクラスにアップグレードしてくれたので、ビジネスの食事ですよ。
IxtapaのClub Med(地中海クラブ)の食事は、カフェテリア形式で勝手に好きなものを取れる。それがおいしかったから、飛行機の食事のひどさが目立つのだ。
Club Medは、申し込んで全額支払った段階で、部屋代から食事代、ワインでもなんでも、食後のケーキも、ガイドも、空飛ぶ凧に乗るのも全部ただ。タダというわけではない。最初に払ったものに、全部が入っているわけだね。
今回行けなかった息子よ、今度どこかに一緒に行こう。
「日本の友人へのメール2」
昨日の夜、メキシコのIxtapaから戻りました。
最後の日に、夕方、もう日暮れにビーチで寝ていたら、海に黒い塊が見えた。海岸に大きな黒いカメがゆっくりと上がってきた。そして砂浜に深い穴を掘って、タマゴを産んだ。それから砂をかけて、海に戻っていきました。見ることができて、幸運だった。
ビーチの監視員が、上がってきたカメを保護するために、縄を張って、我ら見物人は離れて見ます。その卵が自然に孵化して、カメの子供がよちよち海に向かって歩くはずだが、今は監視員がタマゴを孵化するところに、安全のために持っていく。
親ガメが海から上がってきて、タマゴを産んだ砂浜に監視員が黄色のテープをはって、入れないようにしている。真ん中の円の下にタマゴが埋まっている。後で掘って安全なところで孵化する。
孵化した後のカメの子供も見たけど、真っ直ぐに砂浜を海に向かって進む。反対の方向に向かう赤ん坊のカメはいません。どうして海の方向がわかるのかなあ。なかなか感動的でした。そしてその子供のカメが母親になってタマゴを産むときには、またこの同じ海岸に戻ってくる。
どうやってそのことを記憶しているのか?
最初はメキシコは嫌いだ、と言っていたモーゼスの奥さんも、最後にはメキシコが好きになっていた。
カメの赤ん坊。これから放す。プラスティックの洗面器のなかでも、海の方を向いている。放せば海に向かって、よちよち歩きます。
地中海クラブは、事前に一度に払うお金に、部屋代から食事代、その他の全てが入っています。滞在中は何も払う必要なし。財布を持ち歩く必要はない。広いビュッフェで、ピックアップする料理はおいしかった。
朝起きてレストランに行って朝食を食べる。それから急がずにプールに行って、パラソルの下でのんびり。持って行った本を読んだり、道元の本はあまり似つかわしくなかった。バッハの平均律の第二集は、青空の下でピッタリだった。
ランチは、いつ何を食べるかなあ、なんて考えている。プールに入って少しバチャバチャと。
ランチの後は昼寝をする。昼寝の後はビーチに行ってパラソルの下でまたのんびり。一緒に行った青年たちが泳ぐのを見ている。
そうするとディナーの時間だね。その後は、野外のステージで音楽があったり、室内のステージで子供たち向けの催し物があったり。それを一緒に行った子供たちと見ている。
つまりボケーと、移動日を除くと完全に一週間を、そうやって過ごしたのです。
頭痛とも解放されて。
「ニュージーランドの息子への簡単なメーセージ」
海太郎へ。自宅に戻った。
疲れているけど、冷蔵庫はからっぽ。明日、食品の買い出しに行かないと。