宇宙船で泣く

植松眞人

 宇宙船の中はとてもせまい。そこに様々なスイッチ類がついたシートがあり、その真ん中に私ともう一人の男が座っている。私の記憶は飛んでいて、なぜここに座っているのかわからない。それでも、私の指先は器用に動き回って宇宙船をきれいに操作している。宇宙空間にはいるようなのだが、太陽らしきものや地球らしきものがまったく見えず、ただただ真っ暗な闇の中に宇宙船は浮かんでいる。
 私の目の前には小さなモニターがたくさん並んでいて、その中のひとつに私らしき男の顔が映っている。どうやら私の健康状態をチェックするためのモニターらしく、私が片目を閉じるとモニターの男も同じタイミングで片目を閉じ、私が口を開けるとモニターの男も口を開ける。そのモニターを信じるなら私は黄色人種の男でそこそこベテランの域に達した乗組員らしい。私の位置から隣の男の顔は直接見えないが、隣の男のモニターは見える。私がそっと男のモニターに目をやると、男は泣いていた。身動ぎもせずに、ただ滂沱たる涙を流し続けまっすぐに前を見据えている。男は白人で私より少し若いくらいだろう。おそらく四十代の後半くらい。シールドのようなものを被せられているので、男が声をあげて泣いているのかどうかはわからない。私の耳にはただピッピッという電子音が一定のリズムで聞こえているだけだ。
 なぜ、男が泣いているのかわからないまま、私は目の前の真っ暗な空間を見つめる。まだ何も思い出せないはずなのに、真っ暗な空間がスクリーンのように男のこれまでの場面を写し始めた。若い日の愛おしい出会いや友人の裏切り、肉親の死や子どもの誕生などが次々と映し出されている間に、私は私の鼓動を聞き始めた。そして、スクリーンに映し出された男の顔が知らぬ間に自分の顔になっていることに気づく。極彩色の私自身の人生の断片は、私を混乱させる。ふと気づくと隣の男は私と同じシールドの中にいて、強く私の手を握っているのだった。(了)