今の家に引っ越す前、かなりのんびりした街に住んでいた。
駅からは遠く、少しアップダウンもあったので、
とくに疲れて帰る日や雨の日は、
駅から家に戻るまでに、かなり体力を消耗するのが常だった。
しかも、住んでいた家の近所にはスーパーマーケットがなかったので、
駅の反対側まで行って買い物をし、
重いレジ袋を腕に食い込ませながら歩いて帰ったものだ。
もう疲れて食事も作りたくない、駅から出たら、
一休みがてらに食事をして、帰りたいと何度も思った。
そんなある日、駅から家に向かう途中に、炭火焼肉屋さんが開店した。
お料理も良いし、雰囲気もくつろいでいたので、
夫もその店を大変気に入って、ついに常連になった。
我が家にとっては、ほとんど第二の台所だった。
店長は気さくな人で、付かず離れずの距離感が絶妙だった。
店員さんも、よく気がつく人たちで、感じがよかった。
ある時は就職で悩んでいる若い店員さんに、
職を紹介しようとしたこともあったっけ。
引っ越してからも、私たちは電車に乗ったり、
ちょっと遠目の散歩をしながらその店に足繁く通った。
ところがある時から、店長の姿を見かけないようになった。
別の街にも出店するために、その店を離れていると聞いた。
店長がいなくても私たちはボトルキープをし、
お店に何度も通っていたのだが、
ある時、はっきりと異変を認めざるを得なくなった。
お肉の質があきらかに落ちている。
炭火の扱いがいい加減になった。
お料理の盛り付けも、味付けも雑になった。
店員さんが店内をきちんと見なくなって、
呼んでも、気づいてもらえなくなった。
それでも、今度こそはと祈りながら通っていたが、
私たちが馴染んでいた店長の目が届かぬうちに、
どんどんお店がダメになっていくのを肌で感じた。
ある時、心に決めた。
もうこの店には来ない。
本当に長く気に入って通っていた店で、
友人知人も、たくさん連れて行った。
そんな店を一軒失うのだと思って、悲しかった。
その後、次なる推し焼肉店を求めて、放浪している。
ネットの評判が良くても、居心地が良くなかったり、
むやみに高かったり、フィットする店を探すのは難しい。
煙がほとんど出ないという炭火焼肉店にも行ってみた。
服に匂いがうつらないのはいいかもしれないけれど、
美味しさが半減する。
どうせ焼肉に行くのなら、
油を含んだ煙がもうもうとしているのを見たい。
食べている時はもちろん、上着を脱いだあとも
煙の残り香に包まれていたい。
そのほうが、汚してはいけない服装で
クリーンに食べるよりも、ずっといい。
最近ようやく、ここなら通うかもしれないな、
という店に出会った。
以前気に入っていた店のようにはいかないとしても、
はかない期待を込めて、
また食べに行ってみようと思う。