アジアのごはん(113)バンコクの甘酒と新型コロナ

森下ヒバリ

久しぶりにタイに来ている。新型コロナが流行り始めた2020年のはじめに旅に出て以来の外国の地だ。京都駅で関空行きの特急はるかに乗るのもなんだかドキドキした。ふう、いいね、こういうの。新鮮な気持ち。

タイ政府は、新型コロナをインフルエンザなみの病気として扱うことに決めて、入国規制を緩和してきた。7月からは面倒なアプリの登録も、入国後隔離も一切なしになった。ワクチン証明か陰性証明を飛行機のチェックインの時に航空会社の係員に見せるだけである。証明書は入国審査でも一切見ない。

京都の駅前にあるトラベルクリニックでPCR検査を受け、陰性証明書を受け取った時には、おもわず「よしっ」と口に出た。これで、行ける。そして、愛用していたLCC航空のエアアジアは関空から撤退していたので、久しぶりにタイ航空に乗る。乗客は7~8割。思ったより多い。5時間半で無事バンコク着。空港からタクシーに乗ると、荷物3つ目から荷物代がかかるようになっていた。ふむふむ。高速道路の巨大な広告看板が白いままなのが多い。車がちょっと少ない。なんだか、空がきれいに見える。

いつもの月借りのアパートメントに着いて、いつもの部屋に入る。北側の窓から見える高校がホテルに変わっていた。校庭はプールになっている。おお。食事のためにロビーに降りると、マネジャーがちょうどいて、挨拶してくれる。そして、外していたマスクを指さして、「マスクをちゃんとしてね」と注意された。あれ、タイ政府はマスクの着用義務を廃止したのではなかったのか。近所の食堂へ歩く道すがら、すれ違う人はみんなマスクをしている。たまにしてない人が居ると思えば外国人だ。タイ人は全員している。完璧だ。う~ん。

2年4か月ぶりに会うバンコク在住の友人たち、おなじく規制緩和されたのを知ってさっそくタイにやって来た高知の友人たちと再会して一緒にタイ料理を食べる。そういえば、新型コロナがはやり出して、帰りの便がフライトキャンセルになりまくり、なんとか運行が止まる直前に日本に戻ったその最後の夜もここで食べたのではなかったか。いやはや。ちょうど、オミクロン新型株の感染が増えて来たので、今回はあまり友人たちには会わず、ライブもあまり行かずにおとなしく過ごすことになりそうだ。

宿のあるランナム地域は歩いているとシャッターの降りた店がけっこうある。近所のお気に入りの化学調味料を使わないクイティオ食堂(タイのラーメン屋さん)がなくなっていたのは悲しかった。よく行っていたラーン・カウ・ケーン(ごはんにおかずをかけてくれる総菜食堂)は健在だったが、いつも10種類ぐらいあった総菜が3種類ぐらいしかない。店主にこの間どうだったのと聞くと、「仕事がなくなって人が田舎に帰ってしまい、客がものすごく減ってね。リモートの人も増え、とにかく客が減って大変だったのよ。なんとかやってるけど‥最近は少し持ち直してきたかな」「政府から補償金とかはないの?」「5000バーツ(1万8000円くらい)もらったけどね」「月に?」「この2年で2回だけよ」残念ながら店のおかずは味の濃いものばかりになり、どうも素材の質がかなり落としてある。いつも昼時は満員だった店内が半分以下の入りだ。ふう。

ランナムではシャッターを下ろしている店がかなりある一方で、巨大なコンドミニアム(日本で言うなら高層高級マンション)の建設がいくつも始まっていた。古い店の連なる長屋式の家屋があったエリアもコロナ不況で商売を止めて土地を売ったのかもしれない。

少し離れたプラトゥーナムに行くと、慣れ親しんだ迷路のようなプラトゥーナム衣料品市場がごっそり更地になっていた。もともと王室の土地で立ち退きを要求されていたので、新型コロナが直接の原因ではないのだが、バンコクの猥雑で庶民的な巨大市場がひとつ、こうもあっさりなくなってしまうのは何とも言えない気持ちだ。そして、跡地にはその周辺にたくさんある同じようなブランドの入った同じようなショッピングモールか、高級ホテルが建てられることになるのだろう。この市場の表通りに面した古いショップハウスは観光客向けのお土産やTシャツを売り、歩道には屋台を出す小商いの人々が連なっていた。この不況の中、ショップハウスの2階に住んでいた家族、路上の商い人達はどこに行ったのだろうか。

おいしい麺を食べたくて、クイティオ屋を探して散歩して、そのままどんどん歩いてしまいあまり行ったことのない路地に迷い込んだ。そこは昔からの下町の雰囲気が残っていて、なぜかメニューが日本の学生食堂みたいな鉄板で肉を焼いている屋台もあった。なんちゃって日本食の店であるが、安い。学生や若いタイ人の客がエビフライやポークソテー、ハンバーグ定食を食べているのだった。面白いのでミックスグリル定食を食べてみたら、昔東京で働いていた時によく食べたキッチンジローの味そのまま・・いや、かなり近い。今度エビフライ食べてみようかな。

高架鉄道BTSに乗って繁華街プロムポンに買い物に行ってみると、以前とあまり変わらない賑やかさだ。もっとも以前はいつも満員だったBTSの車内がちょっと空いていて乗りやすい。このあたりに住んでいると、あまりタイは変わっていないと思うかもしれない。日本食品をたくさん売っているフジスーパーに行き、タイ産の有機の大根と納豆を探す。タイの大根は小さくてスカスカしているが、漬物を作りたいので、買う。

宿に戻る途中で、コンビニでカオマーク(甘酒)を買った。タイのコンビニにはどういう訳か、冷蔵品お菓子のコーナーにゼリーやケーキの横にさりげなくカオマークという甘酒を売っているのである。一袋20バーツ。甘酒ではあるが、コウジカビの麹から作るのでなく中国系のクモノスカビの麹から作る。液体というよりはご飯の塊に近い形態。そして、かなりアルコール発酵していてお酒っぽく、甘い。このまま食べてもいいのだが、さっき買った大根と合わせてべったら漬けを作ってみようと思ったのである。

大根は皮をむいて縦に四つ割りにして塩をまぶし、ジップロックに甘酒と塩昆布と一緒に入れて冷蔵庫に置いておくだけだ。常温にしばらく置いておいた方が発酵しやすそうだけど、常夏の国ではあっというまに過発酵してしまうので最初から冷蔵庫に入れてしまう。3~4日経つと、なんとか漬物っぽい味になっては来た。タイにはあまり薄味の漬物がないので、作ってみたのだが、いまいち。タイの大根はじつはあまりおいしくない。甘酒で漬けたらおいしくなってくれるかもと期待したのだが、食べられないことはない、程度の味にしかならなかった。そうだ、次はキュウリで作ってみよう。友達にもあまり会えないので、こんなことをして遊んでいます。