蜘蛛を頭に乗せる日(下)

イリナ・グリゴレ

結婚式が始まった。蜘蛛を頭に乗せたまま。誰も気づかなかったのか、気付かないふりをしていただけなのか彼女にもよくわからなかった。古い、壊れたバオイリンを弾きながら、歯がない年取ったジプシーの男は、彼女を家から引っ張り出して不思議な儀礼に参加させた。その日は冬のはずだったのに、なぜか暑い鉄の塊を握るような感覚で、生まれて初めてとても濃い化粧されていたにも関わらず、汗でダラダラと白いパウダーが流れていた。それでも彼女の肌は幽霊のような白さだったので目立つこともなく、「村で一番美人な花嫁」という噂が広がって、次々と門の前に黒い服を着ている村の婦人たちが集まってきた。

ジプシーの音楽家が突然しわがれた声で花嫁と両親の別れの歌を歌い始めた頃、集まった婦人たちは大声で泣き始めた。そのとき、彼女は忘れていた蜘蛛のことを思い出した。手で触ってみるとまだ頭に乗っていたが、それは死んでいた。いや、死んだかどうか判断が難しかったが、動いてなかった。家の前に広がる葡萄畑を見ながら、ジプシーの声を聞いて逃げ出したくなるような気分が収まっていった。その瞬間とても強い風が風いて、儀礼によれば足を水が入ったバケツに入れるはずだったが、バケツが倒れ、水は凍った土に吸い込まれていった。この気温で水がすぐ凍らないのは不思議だと思った。彼女の足がとても熱かったからかもしれない。どうやら大分熱があったみたいだが、この村では一度結婚式というものが始まると誰も止めることができない。結婚式は花嫁が倒れても続く。

彼女はその後、家の門の外に座り、その日に母親が焼いたパンをジプシーの男が頭の上で割り、集まっていた村人に分けた。すると、どこからかわからないぐらい大勢の子供が出てきて彼女を囲み、手を伸ばしてパンを奪おうとした。その小さな手を見てボロボロ泣きだした自分が切なかった。花嫁になるから泣いてのではなく、自分も子供の時、この村で結婚式を見て、手を伸ばしてパンをもらって食べていた。幼い自分がそのパンを世界で一番美味しい食べ物だと思っていたのに、自分が花嫁の立場になった今はとても気持ち悪かった。熱のせいかもしれないが、遠くでパンを取り合って喧嘩する村の子供を見ながら吐きそうになった。なぜ子供の頃は美味しいと思ったのか、あんなまずいもの。口にしてないがまずいとしか思わない。

彼女は何回も倒れそうになったが誰も気付かなかった。おまけに頭に乗っていた蜘蛛が動いているのを感じた。村の教会までどうやって歩いたのか覚えていなかったけれど、それも子供の時に見た花嫁の行列と同じだったかもしれない。いくら考えても思い出せない。儀式は行われたのか、行われなかったのか、それさえも思い出せなかった。しかし、朝からたくさんの人が目の前にいたのに、花婿を見ていない気がした。自分があの蜘蛛と結婚したとしか思えない。誰かに言わないといけないが、もうすでにテントはジプシーのバンドの音楽で賑わって、殺された豚が大きな二つの鍋でシチューに煮込まれていた。親戚やら知り合いやら、人々がテントに集まって食べて踊っていた。彼女が椅子で気絶しても、あまりの賑やかさに誰も気付かなかった。

結婚式の日は彼女の人生で一番長い日のようだった。時間が止まっているというより、何百年もこの日を繰り返してきた感覚だった。全く同じことをなん度もなん度も繰り返していて、その繰り返しのループから抜けないまま一生を終えたような。
結婚式の夜に初めて、どこからかわからない暗闇から花婿が現れ、彼女を家の一番奥の部屋に引っ張り込んで、裸にして、頭に乗っていた蜘蛛を激しく潰した。その後、最初は手で彼女の足の間を触って、あの蜘蛛を潰したスピードで同じ指を彼女の身体に入れて変な声を出しながら興奮していた。彼女は熱のせいか、自分の頭に本当に蜘蛛がいたショックのせいなのか、あの蜘蛛が悪気なかったことを初めて理解したとともにとても気持ち悪くなって、彼を止めようとした。人の前で裸になることも、指で足の間を触られたことも、目の前の蜘蛛が殺されたことも初めてだったので耐えられなかった。でも彼は止めるどころか、もっと興奮してベッドで彼女の上に乗った。そして、彼女はあんな暗い部屋だったのにその後、雷のような光が痛みと共に訪ねたと思った。自分の肉が骨から離れたような痛み、そして離れただけではなくその瞬間に腐ったような匂いがした。

2分しか経ってないのに、彼女は何時間もその状態で声も出ないまま、壁にあった時計の音を聞いて自分の身体から離れようとした。彼は彼女に何も言わず、髭についていた豚の油を拭き、彼女から真っ白なシーツを引っ張って、何かを確認し始めた。シーツについていた血の跡を発見した瞬間、大喜びで賑やかなテントに向かった。しばらくすると外から大きな叫び声と賑やかな音楽が聞こえた。彼女はしばらく動けなかったから、一人で、部屋で泣いていた。あまりにも複雑な気持ちになって、ベッドの横の壁の白いペンキを爪で削って口に運んで食べ始めた。大人の女性とはみんなこのような人生なのかと思いながら。

しばらく経って彼女は起き上がった。足の間に何か冷たいものを感じたが身体は鈍くなって、拭くことさえできなかった。裸で出ようとしたが、突然、部屋の奥から白いモンシロチョウが飛んできた。びっくりしてドレスのことを思いだして手が普通に動き始めた。冬にモンシロチョウが飛ぶのも不思議だったけど、熱のせいで幻を見ただけかと思った。自分で白いドレスを着て外に出てみると、結婚式のテントの前に賞品のようにシーツが張り出されていた。血がついたまま。恥ずかしくてまた涙が出た。顔の上に涙が凍った。すっかり酔っぱらってふざけて老婆の服を着た若い未婚の男たちが後ろから近づいてきて、彼女を担ぎ上げて踊りの中に運び、鶏を彼女に持たせて言った「よかったね、あなたは処女で、この鶏を殺さなくてよかった」。まるで道化師のようにげらげら笑った。

彼女はそこからなんとか逃げ出し、気づいたときは裸足だった。葡萄畑に隠れたが葉っぱはなく、寒かった。花婿はどこを見てもいなかったけど、そもそも見たくはなかった。そのまま花嫁の姿で森へ歩き始めた。どこかに消えたい気分で、暗い森の中に入った。すぐ歩けなくなった。そのまま横になって、眠りたかった。森の中で雪が降り始めたが寒くなかった。血の匂いがした。朝方だったため光が木の姿の間から入り始めた。突然、子供の時に見た鹿が近づいてきて、また幻のように消えた。一緒に行きたかったのにと思った。寒くなってきた。森は彼女を追い出し、人間のところに戻って部屋で倒れた。

その後の人生は枯れた葉っぱのようにただ、たくさんの枯れている葉っぱがある土の上に落ち過ぎた。2回流産して二人の男の子を産み、都会にしばらく住んで60歳を過ぎた頃、全く一滴の愛情も注がなかった夫が死んだ。彼女は村に戻り、育った家で静かに暮らした。ときおり黒い服を着て結婚式と葬式に出かけた。ある日、突然自分が小さな女の子だと思って走って森に入った。そこには鉄砲を持った男と殺されたばかりの鹿がいた。遠くから「誰かが鹿を殺した」と大きな叫び声が聞こえた。