渋谷の公衆トイレをリニューアルするという計画が立てられ、これを広くPRできないかと企画された映画が公開されている。かつてニュージャーマンシネマの騎手と呼ばれたドイツのヴィム・ヴェンダースが監督を務めた『PERFECT DAYS』という作品だ。
ヴェンダースと言えば、小津安二郎に強く影響を受け、日本で『東京画』という日記映画を制作したこともあった。そんなヴェンダースが小津から最も遠い日本の広告代理店の依頼で、小津のようにきらめくような木漏れ日をすくいとったかのような作品を完成させたのだ。
金に汚れた日本の製作システムの中でも、ヴェンダースの純粋な映画愛は汚されなかったと言うべきか、もしかしたら、単に白人外国人には強く物申せない国民性がこの作品にとって良い方向へ働いたのか。どちらにしても、『PERFECT DAYS』は見事に世界を映画作品として定着させている。
渋谷で公衆トイレの掃除を淡々と続ける平山という男が主人公。この役所広司演じる男は、ジム・ジャームッシュの『パターソン』のように、同じように見える毎日を繰り返している。しかし、同じように見えて、実は同じではないというところも『パターソン』に似ている。
そう言えば、若き日のジャームッシュは、若き日のヴェンダースに余ったフィルムをもらって、あの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を完成させたのだった。小津によって刺激されたアメリカとドイツの才能が結びついて、いま再び、『PERFECT DAYS』という作品になったと思うと、なんとも言えない感慨がある。
ここで、ふと思い出したのは、もう一人、小津に人生を変えられたフィンランドの映画作家、アキ・カウリスマキである。『PERFECT DAYS』が公開される半月ほど前に、引退宣言を撤回したアキ・カウリスマキが撮り上げた新作『枯れ葉』が公開されたばかりだった。この映画はさらに小津の色濃い影響を画面の隅々に反映して、様々な要因で膿んでしまったかのような世界を(映画を見ている時間だけでも)浄化させてくれたのだった。そして、その映画の中に引用されていたのが、ジム・ジャームッシュの『デッド・ドント・ダイ』というコメディタッチのゾンビ映画だった。
どうしようもない日本のどうしようもない片隅で、小津安二郎の影響を受けたドイツ、アメリカ、フィンランドの三人の男たちの名前が繋がることは、奇跡なのか必然なのか。
『PERFECT DAYS』の中でふいに影踏み遊びを始める役所広司と三浦友和のように、小津の子どもたちが遊んでいる姿を僕たちはこれからも見続けることができるのだろうか。