アパート日記6月

吉良幸子

6/6 木
まず出稼ぎ、半休取ってこの前道端で知り合ったおばあちゃんちへ着物もらいに行った。部屋へ案内されてびっくり、でっかいピロスマニ展のポスターが貼られているではないか!!むっちゃ好きなんですよ!と興奮気味に言うたら、私も好きで岩波ホールに何度も足を運んだわとのこと!道でたまたま声かけてくれはったおタカさんとはびっくりする程共通点が多い。おもろい縁やなぁと思う。おてんば話を小一時間聞いて、友達と私と2枚の着物と帯1本をそれぞれいただいた。
おタカさんとこを出てそのままさばのゆの吉坊一人会へ。店主が急に亡くなったのもあり、半年ぶりの開催でお馴染みさんでいっぱい。この前、本の市した時に来てはった方がたくさん来てて私もひとりぽっちじゃない感じやった。会の後、急にあっちへ行ってしまった須田さんへみんなで献盃。さばのゆでの一人会は続けるらしく、また来ようと思う。

6/12 水
下駄が欠けた。通勤で自転車乗り回してたのが悪かったんやと思う。直せるのか分からんけど品川の下駄屋へ朝から持っていく。ほしたら、ここだけ直すのはできんから台替えるしかないと言われて新しい台を選んだ。たった数ヶ月でぼろぼろにして可哀想なことしてしもた、堪忍してや。落語に出てくる桐の畳表があって、うわぁ贅沢やなぁと見てたらさすが商売人、若女将がこんなんありまっせと夢にまで見た台を手にニッコリしておる。素足で履いたら気持ちええですよと言われて、じゃあそれにします!と言うてしもた。お金もないのにこんな時だけ決断力がある。落語に出てくるケチは、この桐の畳表を丁寧に履いて、平らになったらノコギリ入れて八ツ割で履く。それもすり減ったら畳表は外して鍋つかみ、鼻緒は羽織の紐にして、台は釣りの浮きを彫って釣具屋に売りに行くらしい。浮きまではいけへんやろうけど、今度はもっと長~く履けるように大事にしようと思う。
品川から御茶ノ水へ。炎天下の中歩いて古書会館でやってる佐野繁次郎の展示を見に行った。甲賀さんが装丁集を持ってはって、見た時力強さにびっくりした。今回の展示では初めて原画を見れて更に感動した。どれもこれもかっこええ。
明るいうちに帰るとざこばさんの訃報が入ってきた。もう言葉にならん。去年、動楽亭に行った時に運よく久しぶりに高座に上がってきはったんやけど、生きてるうちに顔見れてほんまによかったと思う。そん時も呼吸がしんどそうで、出てきてすぐ、今日は落語しまへん!と代わりに肋骨が折れた話しはって大いに笑った。落ち込んでもしゃーないし、風呂いこかと思ったら、献盃しなくちゃ!と公子さんが言う。ほんまや、酒は冷えてるか、冷えてないやないか!と、酒だけ冷やして風呂へ行く。一升瓶から一合ずつ冷やして、今夜はこれで我慢ネ、というのがアパートのスタイル。帰ってきてすぐ台所で一杯、公子さんと献盃。それも立ったまま。今夜はもっとゆっくり呑んでーやと大酒飲みのざこばさんに言われそう。

6/15 土
今日はおかぁはんが上京してくる日。明日のいわと寄席を目当てに遊びにくる。出稼ぎをさっさと終えて帰ろうと思ってたんやけども、こんな時に限って携帯に電話が入る。出てみたら「ニシンです!」と。この前着物くれはったご婦人、おタカさんや!ニシンっちゅうのは、鳥取で美味しい魚を食べて育ったおタカさんが、上京して初めてニシンを食べた時に「これは死魚や!」と言うて周りから袋叩きにあったという逸話からついたあだ名。仕事終わりにちょっとだけ寄って、とのことで断り切れずに約束した。
仕事中にはお馴染みさんが着物の山を持ってきてくれはって、みんなで山分けしてねとのこと。ありがたい。ご自身も着物で来てくださってかわいかった。そして夕方から店に取材が来て仕事も長引く。その後にはニシンさんとこへ行って、ピロスマニの話で盛り上がる。こんなとこでジョージア話ができるなんて夢にも思わんかった。
そんなこんなで結局おかぁが待つ旅館に着いたのは夜の22時過ぎ。長い長い1日やった。

6/16 日
いわと寄席、金原亭馬久さんと林家きよ彦さんの日。
毎月やってたいわと寄席は一旦今回でおやすみ。ほんま、さみしいなぁ。

6/19 水
末廣亭夜席へ。今日は私にとってはお得な顔付けやった。桂二葉さんはなんだかんだ初めて。甲高い声と関西弁で捲し立てたら分からんと東の人はよう言うてはるけど、想像した程には早ないし私にはよう分かった。やっぱし上方の落語は言葉がええなぁ~聞いてて楽しい。ねづっちも初めて高座で見た。新橋の喫茶店でたまたま隣に座ったことはあるけど。小痴楽さんも代打で出てはって2倍増しなお得感。やっぱりうまい。ほんでほんでお目当ては松鯉先生!出てくるだけで嬉しい!!今日もにこにこええ一席やった。でもいつも5時起きやし肝心のトリの時間は猛烈におねむで、桟敷で軽~く船漕ぎながら、ごめんやで~。

6/22 土
この前の土曜に、先週待ってたのとニシンさんから言われたので一応電話してみる。ちょっとおいでということになった。ほんまにちょっとだけ寄って帰るつもりやったんやけど、話してるうちにニシンさんも川島雄三を好きなことが発覚!もう完全に趣味一緒やんかいさ!!!あの映画良かったよね~とかあの俳優誰だっけな、とか思いがけずめちゃめちゃ盛り上がった。ほんで、幕末太陽傳の石原裕次郎は下手だったよねぇ~と散々裕次郎の悪口でもうひと笑い。古い映画好きで良かった、こういう時ほんまに楽しい。夕方には帰るはずが気付いたら夜まで喋っておった。帰る前に私が唯一持ってなかった川島雄三の本をもらう。今まで何度も読み返して大事に取ってた本らしくありがたい。

6/25 火
夜、家へ帰るのに駅から歩いてると、うちの一本手前の道で見慣れたツートンの猫に遭遇。あら、ソラちゃんですか?と声かけたら、え!?もしかしておねぇちゃん?って顔して寄ってきた。外でも分かるんやね。着物ででっかい猫抱えて家まで帰った、変なの~。

6/28 金
しまい込んでた草履ほど壊れやすいっちゅうことを実感した日…。
出稼ぎ先のお客さんにもろた草履を履いて出勤。いかにも長年使ってませんでしたという感じの、茶色のぴかっとした草履で、雨の日に適当に履くのにちょうど良さそうと思ったんやけど…もう電車の中で立ってるそばから接着剤の取れるねちゃって音出してる。乗り換えの駅に着いて階段降りてたらまず右足の台がぼろっと取れた。朝早うて眠たいし耳は落語聞いてるし、ぼんやりして何があったか分からんとそのまま階段を降り切ったら、なんか左右の足の長さが変わったらしい。もう階段まで戻るには人の波がすごくてそのまま乗り換えのエスカレーターへ。そして次のホームへ着いたところで左足の台もめでたく取れた。さすがにそん時には目が覚めてるし、左の台だけは回収して、足を見てみると鼻緒つきの天生地だけ。よく見ると鼻緒が台を通さず天生地だけに付いてて、鼻緒付きの生地を台に接着剤でつけとっただけ。なんやこれ、そりゃ取れるやろ!!!文字通り、地面に鼻緒をすげたみたいなうっすい草履の残骸で目的地の駅までがんばった。裸足で歩いてるみたいに足裏で地面を感じる。駅からは自転車で、カゴに入れてた自転車用にしてる下駄に履き替えて事なきを得た。取れた右の台は回収できず、変なもんを駅に落としてきてしもた。すんまへん…。