スラマット・リヤディ通りのパレード

冨岡三智

6月には天皇皇后両陛下のイギリス訪問があり、ザ・マルで馬車パレードがあった。今回初めて知ったのだが、ザ・マルは19世紀後半から20世紀前半にかけて建設された約930mの儀式用道路で、バッキンガム宮殿が終点である。王室の祝賀行事や国賓訪問でこのように馬車行列が行われるという。というわけで、今回はザ・マルに似ていないこともない、ジャワ島はスラカルタ市にある大通り:スラマット・リヤディ通りJl.Slamat Riyadiで行われるパレードの話。

スラマット・リヤディ通りはスラカルタ市を東西に貫く大通りで、オランダ時代からある。幅30m、全長12㎞、西から東への一方通行で、東の端がスラカルタ王宮正門前(グラダッグGladagと呼ばれる)である。ただし、バッキンガム宮殿のように道路の真正面に王宮が見えてくるわけではなく、道路の右手(つまり南側)に外壁の門があって、そこから広場を通過し内壁の門をくぐってやっと王宮の正門に至る。…と、ここまで書いて気づいたが、このスラマット・リヤディ通りを直進した先にあるのはオランダが18世紀に建設した砦(Fort Vastenburg)だ。正確に言えば砦の南西の角に行き当たる。この砦はスラカルタ王宮に隣接して、王宮を監視するように建っている。

まずはジャワ暦大晦日の夜に行われる、スラカルタ王家の宝物とそれに従う人々が巡回する行事。2020年9月号に寄稿した記事「ジャワ暦大晦日の宝物巡回」にも書いたように、そのルートはグラダッグから北上、続いて東に曲がって電話局を通りパサール・クリウォンの交差点から南下し、ガディンからフェテラン通りを西に進んだ後北上して、スラマット・リヤディ通りに出(確かパサール・ポンに出る)、そこから東へ進み、再びグラダッグに戻ってくる。

これを書いた時には意識していなかったが、この電話局前の道というのは上に書いた砦のすぐ北側を通る道である。そして、ガディンというのは王宮南広場前にある一帯(ここにガディン市場がある)のこと。というわけで、ここまでは王宮+砦の敷地の外側を北~東~南へぐるりと巡ったことになる。その後は王宮南広場の前の道をずっと西に向かったのち北上してスラマット・リヤディ通りに出るが、北上する通りは上の記事にある「確かパサール・ポンに出る」通りではなく、ヨス・スダルソ通りだとスラカルタ市のサイトにあった。私の記憶間違いだったようだ。そして、スラマット・リヤディ通りを東へ進んで王宮に戻ってくる。というわけで、このルートではスラマット・リヤディ通りを通るのは600~700mくらいで短いのだが、巡回のクライマックスと言える。

次にスラカルタ市民に親しまれているのは、断食月21日目になる夜に行われるマラム・スリクランと呼ばれるパレードである。断食も残すところあと10日となり、この日から夜店が出るようになって断食明けまでのカウントダウンが始まる。その日に王宮モスクからスラマット・リヤディ通りを西に進んでスリウェダリ公園まで約3㎞、王宮の人々や儀礼ガムラン、供物の行列があり、それに民間のイスラム歌唱団体などの行列も続く。スリウェダリに着くと供物が集まった人々に配られ、王宮のイスラム指導者によるお祈りがある。スリウェダリは元々はオランダ時代にスラカルタ王家により建設され、クボン・ロジョ(王の庭園の意味)と呼ばれていたので、王家ゆかりの施設である。今ではスタジアムにワヤン・オラン劇場、遊園地がある娯楽施設となっている。

ちなみに、このスリウェダリ公園の西側のブロックがスラカルタ市長公邸であるロジ・ガンドロンで、スラカルタ王宮からロジ・ガンドルンまでの間は高層建築を建ててはいけないとことになっていたと聞く。スラカルタのザ・マルに当たるのはこの区間だなあという気がする。