むもーままめ(39)スーパー田中さん、の巻

工藤あかね

近年コンビニエンスストアに行くと、外国出身らしい店員さん率が本当に多いと感じる。留学生なのかとても優秀で、たいてい流暢な日本語を話す。彼らは商品を陳列したり販売するだけではなく、コーヒーマシンを掃除したり、接客の合間に鶏の唐揚げを作ったり、特選肉まんと普通の肉まんの微妙な差を客に説明したり。おにぎりを2個買うと何かがもらえる、みたいなキャンペーンもちゃんと把握して、条件を満たしたお客さんにはスクラッチカードを配布して当選商品は何月何日以降引換可能です、なんて伝えたりもする。はてはコピー機の使い方がわからない人を助けたり、宅配便の手配まで行う。母国語でも追いつかないような仕事をよくこなしているなあと、いつも感心してしまう。

あくまでも私個人の印象だが、外国出身の店員さんを見かける率が低めなのが、スーパーマーケットのレジだ。わが家から最寄りのスーパーは、おそらく地元住民と思われる方々が勤務している。どうみても電車に乗って他の街から通っているとは思えないご高齢の店員さんもいるし、レジの前の客に「うん、そうなの~!〇〇ちゃんとこは?」などとフランクに話しかけられている店員さんを見かけたりもする。スーパーが混雑するタイミングはコンビニに比べれば波があるから、落ち着いた時間帯だと近所の知り合いがやってきて、店員さんに話しかける事態は発生しやすいのかもしれない。

けれどもレジで話し込まれて精算が滞り始めると、後ろに並ぼうとする客にとっては微笑ましいだけではない時もある。そんな最寄りのスーパーに、丁寧かつ完璧にレジ業務をこなしつつも、客とは絶妙な距離を保っている店員さんがいる。その名も「田中さん」。

実ははじめて田中さんを見た時は、「大丈夫かなこの人?」と思ったのだ。田中さんはポヤンとしていて、動作ものろく、値札を読み上げる声も他の店員さんよりだいぶゆっくりしている。そのため、田中さんの列に並ぶことをためらってしまったのだ。店内が混み始めると、少なからず動作がスピードアップする店員さんが多い中、田中さんは店内に何が起こっても動じない。自分のレジの列に人がどんなに並んでいても、暇な時と同じスローなスピードで業務を淡々と行うのである。

ある日ぼーっとしながら精算に進んだら、そこは田中さんのレジだった。「田中さんか…」(実はそのときに名札を初めて見た)。「ながねぎ298えん、とまと158えん、しめじ98えん…」田中さんの声は鈴が鳴るような良いトーンで、ちょっとした催眠作用があった。しかも商品を精算済みカゴに移す手さばきが美しかった。田中さんは顔も手もふっくらとしていて、血色がよい。赤ちゃんみたいなモチモチの手で、商品を取っては次のカゴに入れてゆくのだが、がしっと掴んだりは絶対にしない。ふんわりとぴたっの間くらいの絶妙な力加減で手にとっては、テトリスの名手のように、重く壊れにくいものから繊細なものまでを隙間なくカゴに詰めてゆく。その手には一切の迷いがない。しかも冷凍食品は冷凍食品、冷蔵品は冷蔵品で固まるようにグルーピングまでされていて、ちょっと感動的な詰め方なのである。田中さんはのんびりしているように見えるけれど、最初から最後まで商品をレジに通すペースが全くかわらない。急に急いだり、遅くなったりせず、全スピードを均等にするほうが結果的にスムーズであるというのは、電車内で時々遭遇する、駅での時間調整と同じかもしれないなと思った。それ以降、スーパーで田中さんのレジを見つけるとなるべくお願いするようになった。いつも安心の田中さんクオリティ。卵もバナナもイチゴのパックも、必ず一番安定のいいところに置いてくれる。


そんなある日、私が店内をフラフラしていると、レジでやっかいな不具合が出ているのを遠巻きに見かけた。そのレジを担当していた店員さんはあきらかに慌てていた。一人ではどうにもならなくなったのか、その店員さんは他の店員さんにSOSを出した。すると真っ先に、どこからともなく現れたのは誰あろう田中さんだった。田中さんはおっとりとそのレジに近づいた。そしてパニクっている店員さんの話をひととおり聞くやいないや、瞬く間にレジの不具合&トラブルを解消してみせたのだ。私は買い物の足を止めて思わず見入ってしまった。実は田中さん、相当有能な人だったのだ。能ある鷹は爪を隠す。すごいよ、スーパー田中さん!!

けれどもさらに衝撃だったことがある。それは、レジの不具合の原因を他の店員さんたちに説明する田中さんが、超早口だったこと。おっとりした物腰は、レジの前に立つ時の田中さんのキャラ設定だったのだ。やられた。