水牛的読書日記 2023年11月

アサノタカオ

11月某日 「パン屋に爆弾を落とすな」。兵庫・西宮で自家製酵母パン屋 ameen’s ovenを営むパン屋詩人ミシマショウジさんの詩を読み返している。これは2011年以降のシリア内戦を背景に書かれた作品だが、詩のことばは「パリに、ベイルートに……」と別の時間、別の場所に向けても呼びかけている。おそらくは、スペイン内戦中に焼夷弾で空爆がおこなわれたバスクの街、ゲルニカにも。そして現在、イスラエル軍の無差別攻撃によって戦火に包まれているパレスチナ・ガザ地区にも。

パン屋に爆弾を落とすな
パン屋を攻撃するな

そこには旧式の大きなオーブンがあり
そこには一週間ぶりに届いた小麦粉の袋があり
そこにはガタガタ音をたてて回るミキサーがあり
そこにはくろびかりした天板があり
そこには粗悪なイーストのブロックがあり
そこにはこねあげられたパン生地があり
そこには焼きあげられたパンがあり
そこにはパンを求めて駆けつけた人々がおり
そこにはパンを焼きあげる者たちの手があるのであって
機関銃を握る手があるのではない
そこはいのちの最前線であって
おまえたち戦争の最前線ではない
……

 ——ミシマショウジ「シリアのなんとか大統領へ」より

11月某日 東京の表参道アトリエで佐々琢哉さんの絵の展示「Pastel Journal 四万十の日々」を鑑賞。会場で佐々さんとおしゃべりし、刊行されたばかりのエッセイ集『TABIのお話会』と画集『暮らしの影』(TABI BOOKS)を入手。

11月某日 朝の東京・神保町のカフェで、キム・ウォニョンさんに会う。韓国の作家、ダンサー、弁護士で車いすユーザー。大阪・京都で障害者訪問介護事業を展開するNPOココペリ121のスタッフによるインタビューに同席した。知性も人柄も素晴らしく、すっかりファンになった。さすがダンサーで、目力や身振り手振りの表現の豊かさにも感嘆。インタビュー後、日本語を話すウォニョンさんとダンス談義になり、ピナ・バウシュなどの話を。いつかかれのダンス公演を生で観たい。

午後、神保町の日本出版クラブへ移動し、ノンフィクション作家の川内有緒さんとキム・ウォニョンさんの対談「車椅子で韓国からやってきたウォニョンさんと考える:「バリア」ってなんだ?」に家族とともに参加した。

《わたしたちの人生には、それぞれの未知なる荒野がある》。キム・ウォニョンさんは、川内さんの『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)の韓国語版の一節を朗読。ここは、川内さんの本の中でぼくも好きな箇所だった。対談では、障害や病気のある人々など未知なる存在を、ことばを持つ障害や病気のない者が代弁するのではなく、そのような未知なる存在とかたわらにいる人々が共に語ることの大切さが話し合われた。川内さんの仕事はまさにそのようなものだろう。深くうなずいた。

11月某日 キム・ウォニョンさんとの出会いの余韻を反芻しながら、週末に著書の日本語版『希望ではなく欲望』(クオン)、『サイボーグになる』(岩波書店)を一気に読了。いずれも牧野美加さんの翻訳で、後者はSF作家キム・チョヨプとの共著。どちらの本にも学ぶことが多々あり、特に後者、『サイボーグ・フェミニズム』で知られるダナ・ハラウェイの思想を創造的かつ批判的に受け止める議論に目をみはった。

11月某日 引き続き、キム・ウォニョンさん『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(五十嵐真希訳、小学館)を読む。障害や病気のある人々の生は「不当な生」なのか、といった重く厳しい問いを突きつけられるが、読み応えのあるよい本だ。

11月某日 くぼたのぞみさん、斎藤真理子さんの往復書簡集『曇る眼鏡を拭きながら』(集英社)、『翼 李箱作品集』(斎藤真理子訳、光文社古典新訳文庫)が届いた。キム・ソヨン詩集『数学者の朝』(姜信子訳、クオン)も、坂上香さん『根っからの悪人っているの?』(創元社)も。読むぞー!

11月某日 一昨日までは、近所の郵便局に行くぐらいであれば半袖半ズボンにビーチサンダルだったのに……。ビーサンをシューズボックスに片付け、ここ数日の急激な気候の変化に「寒い、寒い」と震えながら、翌日の二松学舎大学でのゲスト講義の資料を作成。大学にはちゃんとした靴を履いて行きます。

11月某日 二松学舎大学「文化とコミュニケーション」でゲスト講義。「本のある世界と本のない世界」と題して、編集者としての個人史を話した。「本のある世界」からの学びがあり、「本のない世界」からの学びがあった。寄り道が多い旅の人生なので話はあちこちに飛ぶ。それでも授業後に、「おもしろかったです」という学生が現れて一安心。大学時代に自分がもっとも影響を受け、30年間読み続けている一冊として紹介した文化人類学者の今福龍太先生の主著『クレオール主義』(青土社)を、その学生は読んでみたいと言ってくれた。うれしい。

講義後に、大学の近くの中華料理屋でひとり出版社・コトニ社の後藤享真君とおしゃべり。制作中の「異形の本」の話を楽しく聞いた。

11月某日 東京・上野にて、東京藝術大学大学美術館で開催中の「芸術未来研究場展」を鑑賞。同展の監修は学長で現代美術家の日比野克彦氏。瀬戸内海分校のコーナーで写真家・宮脇慎太郎君が島を撮影した大型のパノラマ写真が展示され、宮脇チームによるインスタレーション「島とタマシイ」(瀬戸内海歴史民俗資料館)の解説パネルも。サウダージ・ブックスから刊行したかれの写真集『霧の子供たち』『UWAKAI』を藝大図書館に寄贈した。

11月某日 明星大学で編集論の講義。「私の好きなものたち」をテーマにした個人ウェブサイト制作の講評。アイドルの推し活、ゲームの解説、サッカー観戦、アニメのコラボカフェやライブハウス巡りのレポートなど、どれもおもしろい。高野文子さんの漫画が好き、というシブい学生もいて「おお、趣味が合うな」と。この授業では今後、グループワークによるZINEの制作に進む。

夜、大学からの帰路、分倍河原駅前のマルジナリア書店へ寄り道。お店を営む小林えみさんの短編小説集『かみさまののみもの』(よはく舎)を購入。帰りの電車の中で読んだ。ミスドを舞台にした表題作がすばらしい。掌編「毛玉から南極へ」も。喪失と回復、遠く離れたものへの思いとその変化。とてもよい本だった。

神話や歴史上の女性をテーマにした後半の作品も大変読み応えがあった。とくに最後に置かれた小説「クリュムタイムネストラ」、ギリシア神話の女たちの迫力ある語りにぐっと引き込まれた。

11月某日 マルジナリア書店では、朱喜哲さん『バザールとクラブ』(よはく舎)も買ったのだった。哲学研究者である朱さんによる思想家リチャード・ローティの短い論文の翻訳と解説。あとがきを含めて60頁。軽やかな出版のスタイルが魅力的。ローティと文化人類学者クリフォード・ギアツの論争が主題となっている。海外の著者の短い小説や論文やエッセイ、1〜2篇の翻訳と解説だけをまとめた薄い本は、サウダージ・ブックスでも真似して出したいと思った。

後日、喫茶店で大学生の娘とおしゃべりした際、「この本、よかったよ」と『バザールとクラブ』を差し出したら、スマホで写真を撮ったりして興味を示すので渡してきた。父親の与太話を聞くより、実際に本を読んだほうがいい。

11月某日 キム・ウォニョンさんの『希望ではなく欲望』『サイボーグになる』『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』をすべて読み終えて、同時代のすばらしい思想家に出会えたことに深い感銘を受けている。翻訳者と出版社の皆様にも感謝。

障害者運動の歴史を踏まえ、「正当な生」と「不当な生」を分ける非障害者中心主義的な権力や制度を批判的に論じる視点から、もちろん多くを学んだ。一方でそれらに対し、当事者によるアイデンティティの政治ではなく、「差異」の思想を提示するところに共鳴した。どういうことか。「障害者だけが障害の問題や魅力について語り、論じることができるという立場」を相対化すること。個人の状況を特定のアイデンティティに還元することなく、「差異」や「交差性」「非一貫性」のもとに考えること。そこから障害者と非障害者の連立可能性を探ること。再読してさらに考えたい。キム・ウォニョンさんは小説も書いているというので、そちらも翻訳出版されるといいな。

11月某日 編集者・文筆家の仲俣暁生さんたちのイベント「軽出版のススメ」。高円寺パンディットでのトークの動画配信をアーカイブで視聴。そこで紹介されていた2冊の本、横山仁美さんの雨雲出版から刊行された南アフリカの作家ベッシー・ヘッドの作品集、小説家・藤谷治さんの『新刊小説の滅亡』(破船房、こちらは仲俣さんが主宰する出版レーベル)は年内に読みたい。

盛りだくさんの内容のトークの中では特に、「すべての本棚を図書館に」というモットーを掲げて本のサービスを提供する会社、リブライズの地藏真作さんの話に引き込まれた。地藏さんによる、ISBN(国際標準図書番号)とは別のオルタナティブな本のIDの提案は大変刺激的で可能性を感じたのだった。

サウダージ・ブックスは以前、ISBNを付した商業出版に踏み込んだものの、そこから離脱。ぼくらは地藏さんのように理路整然と考えていたわけではないが、ISBNという一元的な管理思想に依拠する流通システムとは別のフィールド、別のネットワークで、マイナーなスモールプレスとしてより遊動的に本をつくり、本を届ける活動をしたかったから、という理由が大きい。同時に書誌情報の伝達と共有はきちんとしたいと考えているので、「軽出版のススメ」での話には響くものがあった。

それとは別に。日本文学であれ海外文学であれ、いま商業出版の中で小説などの文芸書を刊行することってほんとうに難しいのだな、と思い知った。最近では大手出版社の文芸誌で作品が掲載・連載されても、書籍化されることなく、文芸誌の愛読者以外の読者の目に触れないまま埋もれることもある。数年前まで出版社で仕事をしていたので業界のこうした状況を知らないこともないのだが、現場からの生々しい報告を聞いて最近のさらに厳しい現実を突きつけられた。

11月某日 『現代詩手帖』2023年12月号のアンケート「今年の収穫」に寄稿。とくに印象に残った下記の5冊の詩集などを紹介。

高田怜央『SAPERE ROMANTIKA』(paper company)
管啓次郎『一週間、その他の小さな旅』(コトニ社)
キャシー・ジェトニル=キジナー/一谷智子訳『開かれたかご』(みすず書房)
大木潤子『遠い庭』(思潮社)
佐峰存『雲の名前』(思潮社)

同誌の2023年代表詩選に、川満信一さん「胞衣に包まれた詩」が掲載。飯沢耕太郎さん、高良勉さん、管啓次郎さんの作品も。詩人・岸田将幸さんの表紙の写真がよい。これはどこの風景だろう。

11月某日 最寄りの本屋さん、神奈川・大船のポルベニールブックストアがオープンから5周年。おめでとうございます。お店に行って、森元斎『もう革命しかないもんね』(晶文社)を購入。店主の金野典彦さんから神奈川の最新書店情報を教えてもらった。

11月某日 東京・外苑前の Nine Gallery にて開催中、写真家の渋谷敦志さんの写真展「LIVING」(PHOTOGRAPHERS’ ETERNAL COLLECTION 展)を訪問。 CanonDream Labo5000出力の高精細プリントの美しさに驚いた。フォトジャーナリストとして世界各地の紛争や飢餓や児童労働、災害の現場を取材する渋谷さんと会場でゆっくりおしゃべり。戦争化する世界についていま何を考え、どのようなことばを発すればよいのか。人間を数珠つなぎにする集団性ではなく、それぞればらばらの単独性に立った連帯は可能なのだろうか。パレスチナ系アメリカ人の批評家エドワード・サイードのいう「冬の精神」を手掛かりにして、渋谷さんと対話を続けている。