卵を食べる女(上)

イリナ・グリゴレ

彼女は毎日生きることとはどういうことなのか考えていた。それは食べることに深くつながることであると幼い頃から気付いたがある日から食べ物の味が全く感じなくなった。この出来事は自分が生まれた村と違う場所に住むようになったからだったかもしれない、あるいは自分が生まれた国と違う国で暮らすようになったからかもしれない。その国に着いてから間も無く流産のような経験をした。1ヶ月以上出血は止まらなくなって、彼女の身体が透明に近い青い白い色になって、気絶も何回も繰り返した。隣の部屋に住んでいた聞いたことない国の陽気で、明るい、ゲイの女性友達に言ってみた。「もう、これ以上、このままこの身体から心臓も、肝臓も、全ての器官が出ると思う」。すでに、鮮やかな血というより、黒くて大きな血の塊が出ていて、押さえる布が1分でいっぱいになってトイレまで行く時間さえなかった。部屋で倒れてこのまま血塗れになって終わればいいと思ったこともある。

あの日、隣の部屋の友達にタクシーに乗せられて、救急で病院に連れて行かれたが手遅れではなかった。タクシーで吐いたことも仕方なかった。彼女の身体が勝手ながら彼女と全く関係ないところで反乱していたとしか思わないような状態だった。彼女の身体は彼女を食べていたような感覚を説明できなかった。以前見た、ある恐竜が違う恐竜の卵を美味しいそうに食べる再現ドキュメンタリーのイメージを思い出した。自分の身体は自分を食べているとはどういうことなのか。

病院で若手医師が遠慮しながら彼女のお腹を触って「妊娠の可能性は?」と聞かれた。可能性はないと答えたが検査をした。妄想の妊娠というものもあるとどこかで読んだことが思い出した。それなら、ありえる。彼女の身体が勝手にそうなることが多い。あの後、薬を飲んだら出血が治った。当時、原因は不明だったけど、違う現象が身体に起きた。それは食べ物の味が分からなくなったことだった。どんな美味しいものを食べても味がさっぱり分からなかった。お肉も、野菜も、お菓子も。紙を食べていると同じだ。最初は薬の副採用だと思ったが、薬を飲まなくなった後でも同じ。いろんなことを試した。食べ物以外のものも試した、土も、草も、お花も。全く味がしなかった。このことを周りの人にぜったいに言わないこと決めた。匂いを感じないということではなかった。逆に、高校生の時、読んでいたパトリック・ジュースキントの『香水』の主人公のように匂いにものすごく敏感になったと。しかし、匂いを感じても味を感じないということは、あり得ない。周りにこんなことを言ったらきっと誰も信じない。

あまり味が分からないと食欲もない。ただ、お腹が空く感覚がある。あるのに、食べたあと吐き気する、味が分からないと何を食べても同じ。ある日、唯一味がするものがあるとわかった。それは彼女も驚いたことだった。卵の味だった。卵か。思い出して見れば、子供の頃は卵アレルギーだった。彼女の祖母が鶏を育てていたから雛の世話は彼女の仕事だった。祖母は一所懸命、春になるとお母さん鶏の下にある卵を見守って、その母鶏のケアもしていた。水とトウモロコシの粉を与えて、復活祭の前に必ずあの卵から小さな雛が孵った。彼女のような小さな女の子が森へ出掛けて、その春の一番のスミレをたくさん持って帰ると雛がたくさん生まれると信じられていた。でも、雛にならなかった卵もあって、そのまま鶏の庭に捨てられて、割れた臭い卵から小さなまだ形がはっきりできていなかった雛の遺体が土の上にそのままになっていた。それを他の鶏が食べるのも見た。

鶏が小さな鶏を食べるイメージは、恐竜が他の恐竜の卵を食べるシーンと同じだと何年か後にわかった。そういえば、雛の世話を任された子供の彼女はもう一つの矛盾を発見した。産まれたての弱い雛の餌はトウモロコシの粉と水とゆで卵を混ぜたものだった。雛に卵を食べさせるなんて幼い彼女は驚いた。経済的ではないので、最初の二日だけ、その後はトウモロコシを水に混ぜて手で溶かしただけの餌になった。彼女は毎日それを作って、雛を日当たりのいい場所と草が綺麗な場所に連れていき、何時間も小さな雛の身体についていたシラミを一つ一つ取って殺した。シラミから血が出て、黄色いふわふわの雛にこんな赤い血が流れていたことが驚きだった。彼女と同じだ。血が流れている生き物だ。

毎日のように食卓に出ていた茹で卵と祖父がとても得意だった自家製ベーコンとラードのスクランブルエッグを食べると、彼女の身体は酷い蕁麻疹で苦しんだ。腕と足に赤い点々たくさん出て、痒みに耐えられないまま血が出るまで擦る。

彼女が特に好きだったのは、まだ産まれてない卵。週に一回ほど、来客がある時など祖母は鶏を殺して家族で丸ごと食べる。祖母は皮がついた足しか食べなかった。子供に美味しいところを残すため。鶏の臓物を捨て、雌鶏の中に生きていたらこれから産むはずだったさまざまなサイズの丸い黄色い鉱石のような卵をスープのため他の肉と煮てある。祖母はそれをレバーと一緒に彼女にあげていた。毎回。塩もつけないで。10分前に生きていた鶏のまだ産まれてない卵とレバーはとても美味しかったが、卵アレルギーの彼女の身体にはその夜にブツブツの森ができてかゆみと何日も闘っていた。すると祖父は森で拾ったハーブとラードの手づくり軟膏を塗ってくれた。次の卵を食べるまでなんとか頑張っていた。それでも卵を食べ続け、知らない間にアレルギーが治ってしまった。