蜘蛛を頭に乗せる日(上)

イリナ・グリゴレ

14歳のころ、彼女は生まれ育った村で一番の美人となった。長い黒い髪の毛に白い透明な肌、緑色の目の色に落ち着いた歌声、どんな角度から見ても、人形のような見た目だった。同じ部屋にいると見るだけで癒しを与えてくれるような存在。誰にも愛されるような存在。6歳上の姉がいたが、性格も見た目も違っていた。彼女はただ誰も傷をつけず、誰にも傷つけられないような人生で十分と思っていた。それは虫であっても、植物であっても、動物や人間であっても変わらない。

人生はまっすぐの線のような物だと母親がタオルを織っている手伝いをしていた時に思った。長い、赤い糸のようなものだ。真っ直ぐ伸ばして、それを引っ張って丸めて、毛糸玉を作って、その繰り返し。一瞬、家に入った猫を見て驚いた。猫はネズミを捕まえて齧りながら歩いていた。でもこの赤い糸、切れたら、どうなると一瞬、緑色の人形のような目が鮮やかなミントティーの緑から暗い苦い液体のような緑に変わった。そういえば、不思議なことに彼女はあまり自分の子供の時の思い出がない。ずっと同じ家に住んで、村の学校に行って、母親の手伝いをして、歌を歌って、遊んで、でも印象に残るものは何もなかった、悪いことも、いいことも。猫はネズミを殺して、食べる、狩られるネズミの気持ちも、狩りする猫の気持ちもわからない。

14歳になった夜に不思議な夢を見た。住んでいた村が森に囲まれていて、父親と薪を拾いに入った時に鹿の親子を見かけることがあった。彼女にとってそれは森に入る時の楽しみの一つだった。まるでお互いのことを知っているような感覚だった。いつか自分もこうして母鹿のように母親になっていくし、そう、自分も鹿と変わらない。いつも刺繍を刺しながらそう思った。

でもその夜の夢の雰囲気は、いつもとは違っていた。時間は夕方で、彼女も同じ鹿だと思いながら、幸せな気分で鹿を追いかけて、その鹿と一緒に森に入ろうとした。突然、森と村の境に2メートルほどの雄鹿が立って、彼女を見た。「この森にもう入ってはいけない」と言われるような目だった。彼女は汗だくになって目醒めた。こんな感覚は初めてだった。ベッドを見た瞬間に驚いた。母親が織った真っ白なシーツは真赤に染まっていた。思わず大きな声を出して、隣に寝ていた姉が起きた。姉が説明したのは、「お客さんがきた」、それは後でわかったけど、女性の身体から毎月、血が出ることがあるのだった。村では誰も知らないふりをしていた。姉も母親も恥ずかしそうにしていたし、彼女自身もしばらく把握しづらかったけど、庭の薔薇と同じ赤の血を見て何も感じなかった。お腹のあたり酷く痛かったけど、それより、夜に見た夢が心に何か変化をもたらした。その日から彼女の目はいつもと違う色になったが、人形の顔は変わらなかったし、いつもと同じ平凡な日々を過ごして、ケーキを焼いて、刺繍をして、家のお手伝いに取りくんだ。

中学校を卒業した後、村のほかの若者と同じように電車で1時間ほど離れた町工場で働き始めた。始発に乗って缶詰工場に向かう。街に着くと電車から降りて大勢で駅から遠くない工場に向かう時間が好きだった。まるで虫のようだったから。集団で動くアリと同じで、安心を与えてくれた。この人生も悪くない、長い紐を伸ばして進むだけでいいと思った。工場では女性は特に多かったけれど、喧嘩に巻き込まれたことは一度もなかった。村一番の美人でも、工場では同じガウンを着て、頭にスカーフをかけて、髪の毛を隠す。そのせいで、誰も美人に見えなかった。人間にさえも見えなかった、そもそも生き物に見えなかった。人形と同じ、服を脱ぐと性別が分からないのと同じだ。家に帰るといつもの平凡な生活に戻るのもよかった。週末に友達と村のディスコで踊る八十年代らしい遊び方も彼女のテイストに合っていた。

ただ一度だけ、工場の帰りにいつもと違って街が大騒ぎになって、若者が殺され始めた日があった。彼女も周りの若者と同じく街の中心に向かって行くことにしたが、近くで人が撃たれたので逃げた。子供の時に見たネズミを食べる猫を思い出して逃げた。ここで赤い糸が切れたら無駄でしかない。それは革命と呼ばれても、なんと呼ばれても自分はあのまっすぐな紐を伸ばして生きる。ただそれが何のためなのかはわからなかった。

彼女は何年経っても村一番の美人だったため、結婚の申し入れが何件もあったけど、親が反対した。村の噂でこういう人たちの親戚がどうのとか、結婚となると裏で繋がっている女たちが出てきて、暗い噂を広げる。彼女は一人だけ気に入った若者がいたが、その人の母はお酒が好きという噂があったため自分の母親が反対した。それで、自分で全く決められないのであれば、誰でもいいではないかと思った。そして結婚をきっかけにこの村を出れば良いではないかと思った。木の実と同じように、女性も結婚の時期が近づくとハエが寄ってくる。あっちからもこっちからも話が飛んできた。ある日、働いていた工場で、自分の息子と見合いしないかと誘った女がいた。まず相手側の隣の村の親戚の結婚式に誘われて見合い相手と一緒に出かけた。帰りの電車を逃してしまい、二人で線路を歩いて村に帰った。その相手は背が低く、友達が多くて、賑やかな人柄の様子だった。二人で線路を歩くとき、まっすぐな道だったから結婚することにした。一緒に街に引っ越して、彼の親とアパートで暮らすことにした。

結婚式当日、不思議なことが起きた。花嫁の白いドレスを着て、美容室で黒い長い髪の毛をまとめてもらったときの出来事だ。白いドレスはとてもお似合いだったけど、自分の姿を鏡で見るとなぜか頭に乗っている白い紙の花が蜘蛛の形にしか見えなかった。まるで、大きな蜘蛛が頭に乗っているとしか思わないと一瞬、自分の花嫁姿を見て思った。そしてその日から毎晩のように蜘蛛の夢も始まった。