画板胸にかかえて子らは中庭に わたり廊下のしずかなことも
限りなく平らかなるをかげとよび絵ふでにひろう繋がり止まず
きず痕のひとつひとつをしずめゆくごとき感触ふでさきにあり
絵画とは洋画のことか、ふる雨に額アジサイのさし木はぬれる
いまいちど絵をかけなおす初個展 壁にぴーんと糸張らしめて
芳名簿白紙いちまいとび越してサインしてありさくら五分咲き
アトリエの水場に老いし蜘蛛ひとつ餓死を選べり巣より零れて
描きなおすたびに消えゆく自画像のふたつ眼がわれをみかえす
ななめ左向いてなに待つ手鏡のなかの鼻さき 絵ふで手にして
かさねゆく絵の具のあつみ鼻さきは かがみよかがみ線描の的
喘ぎつつジャコメッティが口走る 鼻さきがすべて最もちかい
どこまでが顔なのかなと触れている 耳のましたの顎のつけ根
ここからは画家の領分かがみとの寂しき距離をつめつつ描くは
湯上がりの腰にタオルを巻きながら十字切るごと拭うすがた見
なぜかしらん無性に腹に据えかねて鏡をみがく身の透けるまで