サザンカの家(七)

北村周一

またはキンモクセイ忌に寄せて

さざんかの花と知りたる秋にしてこの世の闇のさかい目のどか
はじめての秋を迎えしこのいえの重みに堪えてひらくさざん花

新たなるここがわが家と枝枝にひらく山茶花おもたくもあり
とりどりのサザンカのはな前にして 父なき年のひととせ想う

これよりさきいろいろのことが起こるらしくみいろ揃いし山茶花不穏
闇深くまよい来たれる花びらのような足あと踏むもののあり

わけあって いえの敷居をまたぐとき 一歩手前に踏みとどまるとき

いちにち置いて
つづく命日
はや九月 
銀のモクセイ 
金のモクセイ

花のいろは地(つち)の上にも宿るらし 金の木犀散りゆく宵は 
堕ちろというこえに振り向く一夜ありて 金木犀のちりぎわみだら

介護カラ裁判ヲ経タル歳月ヲ越エテ匂エル木犀ノ花
フェンス越し花の木の下モクセイのかおり褒めなば布教をはじむ

はなコトバひた向きなれば声ありて ツヨクイキヨとみみに囁く
ほのぼのと冬のおとずれ待つように花咲くところサザンカの家

わが家にもメジロ来ており ゆく秋の庭の山茶花そろそろ見ごろ
さざん花の蜜吸いにくる野のとりのうごきに連れて枝葉はゆるる

サザンカの赤白もも色ありましてにぎにぎしけれ古淵のいえは
夜になるといきおいを増す山茶花のはなのみいろを数えおるなり

サザンカのおぼえめでたき秋の日や クルマ替えたりしちにん乗りに
家族みなの席あるようにミツビシはシャリオ・リゾート・ランナーとする

さざん花のはなもそろそろ終わりねと垣根を白きマスクは行くも
かぜ吹けばはらりはらりとどこへやら足あとのような花びら散らし

山茶花のはなの散りぎわ見るようにひとりまたひとり離れゆくらし
ちりぢりにちるを厭わぬサザンカのはなの終わりはやさしくもあり

さざんかの花ちり終えしにわかげにくらく仄浮く売家の文字は
売りに出すいえ一軒のさぶさかな 冬至を過ぎてイヴ待つ宵は

常永久の愛とつげられ見かえれば眩暈のごとく古家ありけり
古家ひとつ売りに出だせば矢庭にもさやぎ立ちたるサザンカの闇

根元から伐ればほのかに香り立ち花いろおもい出せずにゴメン山茶花
散りもせず落ちもせずして枯れのこる花のサザンカ春待つごとし

新まりし
秋もほろほろ
冬は来て
春を待てずに
夏の烈しさ

行き止まり数多置かれし路地のうら 大洪水の予感みたしめ

日を置いてほつりほつりともどり咲くサザンカふるき花々散らし
しろ咲けばぴんくほころびまたも赤 寒色系は見ずや山茶花

チンチロリン舞うをよろこぶさざん花のはなのきおくは螺旋をむすぶ
そらぐみの吾子の描きしクレパス画ユスラウメこそ春呼ぶごとし

どこへでも飛べるおもいに指のさき伸ばし伸ばして羽根生ゆるまで
サザンカ三色咲いたとてメジロ来ずミツバチもスズメも消えてさみしい秋だ

ばっさりとオオハナミズキ打ち払われてここより先はよそさまのお宅
サザンカのかきね見事に刈り揃えられわっさわっさと前進するも

号令なしにはどこへも行かないサザンカの垣根はのこりハナミズキゆきぬ
えんえんとつづくおうたのさざんかのかきねのかきねの曲がり角は見ず