屠殺場

北村周一


上級生の
吐息がかかる
ウラギルナ
捩じ曲げられゆく
人差し指は




いわゆるBG論についての考察その【序】の二

以下は
日々携行しているミドリの測量野帳からの
移し書きでもあります。

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いまは市営のアパートが一棟建っているだけなのだけれど、
そこはむかしは屠殺場だった。
姓は忘れてしまったが、富士人(ふじと)くんの家でもあった。
かれは、ぼくよりふたつ年上で、三人きょうだいの末っ子。
上にふたり姉がいた。
ぼくら一家が越してきたときにはすでに屠殺は止めていた。
ついこの間まで屠殺していたことを聞いて、
ぼくはすこし残念におもった。

屠殺場の
ゆかの黒きを
みつめつつ
友の吐くその
白濁の唾

昼なお暗き
屠殺場のなか
床黒き
わけをききにき
耳打ちされて

***
屠殺場の
慰霊碑を翳す
柘植の枝の
横に伸びたる
さま近寄れず

クモの巣に
透かしみている
青天へ
挑みかかれる
雨雲の群れ

どんよりと
海かぜ澱む
この町の
はたて巣くえる
ジョロウグモの巣

黒に黄の
縞縞絶えて
うごかずば
女郎蜘蛛かも
ひと待ち顔に

屠殺場に
アブラゼミ鳴き
迷い来す
イヌネコさらに
人待つオンナ

電柱の
かげ踏む女
したたかに
哭きいるセミの
翳に重なる

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富士人くんの家は、黒く塗られた板の塀で囲まれていて、
裏手におおきな屠殺場があった。
かれの自宅では時折寄り合いがひらかれた。
新年会も催されていた。

とさつ場に
婦人ばかりは
松のうち
あたりたゆたう
甘き香は何

ゆのみもて
くず折れし人の
手許より
床にしたたる
赤玉ワイン

肌襦袢
みだれしひとの
靠れいる
窓のべあわれ
湯呑の落ちて

*****
屠殺場の
コンクリートの
床鳴らし
遊ぶわれらの
ローラー・スケート

濁音は
頭に充ちやすく
どざづばの
ゴングリ土間に
ずべるズゲード

当時ローラースケートが流行っていた。
屠殺場のコンクリ土間はモルタルの肌理が粗くて、
まあまあ滑ることはできたのだがあたまに音が響いた。
因みに濁音とは、ガ・ザ・ダ・バ行音とそれらに対応する拗音のこと。

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学生時代、某宅配業者の事務所の夜間警備をしていたことがある。
場所は南品川。
むかえに巨大な食肉市場があった。

屠らるる
番待つ豚の
交合に
呼吸を合わせし
門番居たり

明方の
ブタの交尾は
さむざむし 
ヒカリ待つ




吊るされし
番号もともに
肉叢の
列潔く
陽なかにいづる

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屠殺場のゆかのくろきにしみじみと戦嫌いのキジバトは眠る