満月と水牛または「みどりは苦い」

北村周一

月末の締め切りがちかづくと、なんとなくそわそわし出す。
どうもじぶんだけではなさそうなのは、水牛のほかの方方の文面からもうかがい知れる。
九月、十月、十一月、そして今月十二月と、月の末はほぼ満月であった。
2020年を振り返るとつぎのようになる。
1月11日 満月
2月9日  満月
3月10日 満月
4月8日  満月
5月7日  満月
6月6日  満月
7月5日  満月
8月4日  満月
9月2日  満月
10月2日 満月
10月31日満月
11月30日満月
12月30日満月
いわゆる旧暦(太陰太陽暦)と、現行の新暦(グレゴリオ暦)とのあいだには、
当然ながら微妙なズレが生じているわけだが、そんなことを考えながら夜空を見上げてみても、なかなか気分は晴れない。ことにこの秋から冬にかけては・・・。
満月にはなんの罪もないけれど、満月イコール水牛の締め切りに結びついてしまうのだった。
閑話休題。
いろはに金平糖、という遊び歌がある。
いろはにこんぺいとう こんぺいとうは甘い
甘いは砂糖 砂糖は白い
白いはウサギ ウサギは跳ねる
跳ねるはカエル カエルは青い
青いはお化け お化けは消える
消えるは電気 電気は光る
光るはオヤジの禿げ頭

これには替え歌があって、
デブデブ百貫デブ
電車にひかれてペッチャンコ
ペッチャンコはセンベイ センベイは丸い
丸いはボール ボールは跳ねる
跳ねるはカエル カエルは青い
青いはキュウリ キュウリは長い
長いはヘービ ヘービは怖い
怖いはユウレイ ユウレイは消える
消えるは電気 電気は光る
光るはオヤジの禿げ頭

地域や年代、男女のちがいによって、若干のことば遣いの差異はあるようだけれど、
この歌の終わり方はほぼ同様な気がする。
夕方遅くなってもまだ遊び足らずにいる子供たちが、互いにふざけ合いながら家路を急ぐ場面。
父親が相応に怖かった時代の話ではある。
はたまた閑話休題。

事務机の引き出しの中にしまってあったシガレットケースが見つからない。
その当時吸っていたタバコの銘柄はチェリー。
そのチェリーを10本ほどケースにおさめてあったのだが、見つからない。
全体が濃いグリーンに彩られた、輪島塗のタバコ入れ。
輪島育ちの祖母から貰ったものだとはいえ、よわい23、4の若造が身に付けるにはちょっと不釣り合いな代物であったかもしれない。
向かいの机の席には、小林さんという50歳くらいの年配の職員が座っていた。
もともと係長職にあった人物なのだが、重い病気を患ったので降格となり、自宅療養後にこちらの部署へと配属されてきたのである。
病が完全に癒えたわけではないのに小林さん、たいへんなヘビースモーカーで、口からタバコが途切れることがない。
酒は飲むのを止めたから、タバコくらいは、ということらしい。
いつも暇そうにしているから、ときどき輪島塗のシガレットケースを小林さんに見せびらかしながらじぶんもタバコを吸った。

思い起こせば、最初にタバコを吸ったのは、高校一年のときだった。
たんに、興味本位の一服だったけれど、あまりの不味さにびっくり仰天して、すぐに洗面所に走っていった。
家の台所の祖母専用の灰皿にのこしてあったタバコの吸いさし。
銘柄は、忘れもしないひらがなで、わかばと書いてあった・・・。