苗字と名前

北村周一

足早に来ては去りゆく街宣の
 マイクの声は疲れを知らず

車上より手を振りながらウグイスの
 声はすぎゆく選挙の春は

街宣のマイクの声もたからかに
 選挙の春がまたも来ている

休みなく笑みをふりまく乙女らを
 乗せて選挙はいまがたけなわ

ゆく春を惜しむごとくに道々に
 選挙カーあり声を枯らして

街宣のクルマゆき交うこの町の
 空をあおげばオスプレイまで

ウグイスの声をマイクにのせながら
 最後のさいごのお願いに来る

選挙カーのウグイスさんと目が合って
 おもわず笑みを交わしてしまう

投票所まえの通りを行き来する
 街宣車の数ひごとに増しおり

きょうでみんなお終いとでもいうように
 街宣車は来ぬ候補者をのせて

候補者の肉声あちらこちらから
 聞こえおりあすはもう投票日

人の名を連呼しているゆうぐれの
 声は賑わし投票日はあした

マイク手に熱意あらわに道を説く
 候補者もまた夕暮れのなか

期日前投票に来て書き写す
 つごう四人の苗字と名前

持参せし2Bエンピツ取り出だし
 じっと見ている候補者名簿

短冊のような用紙に見も知らぬ
 ひとの名を書き投票箱へ

すずやかな新芽のほどのおもさもて
 渡されている投票用紙

ちり終えし花の樹のした候補者の
 顔と名まえはいまが満開

道端にならぶポスター眺めつつ
 思うことなし選挙が近い

選挙用の顔が居並ぶ一画を
 通りすぎつつ投票へ来ぬ

投票に来ての帰りに眺めゆく
 顔となまえはたぶん忘れる

かんばんと地盤とカバン三つとも
 継がせて貰って世襲となりぬ

声上げて覚えてもらうしかないと
 連呼している苗字と名前

候補者の顔となまえが集いたる
 立て看板はいつしかに消ゆ

司法の手に委ねられたる一票の
 格差すなわち主権のかるさ

ひげを剃りツメを切りして散髪に
 向かいしごとも投票へ行く

何事もなかったように春は暮れ
 なにも言わないテレビを笑う

やわらかに期待させては翻す
 癖あるひとの袖口は暗し