茹でじらす

北村周一

赤児なりし祖父を抱き上げくれしひと

 男次郎長歌詞に知るのみ

やさしかりし祖父の名を持つシラス舟

 熊吉丸は清水のみなと

海を背に網繕える祖父にして

 かえし来す笑み日焼けしてあり

日酒ちびりちびりとやるは老い人の

 特権にして漁師の午後は

茹で上がりし笊のしらすを簾のうえに

 開けてほころぶおみならの声

うで立てのしらすを口に撮みつまみ

 干しゆく甘きこの茹でじらす

一合の量り升からこぼれたがる

 茹でじらすそをお口へはこぶ

三保沖にシラスを掬いそを茹でて

 日々のくらしは海に賄う

漁終えてガラス徳利一合の

 酒をくきくきのみ干すこころ

羽衣の松はいつしか銭湯の

 極楽絵図となりて名を成す

カラフルな釣り具のわきに釣り師いて

 寡黙なり雨の江尻埠頭に

雨上がりみどり滴る山並みは

 かくも真近し港より見る

この町から抜け落ちてゆくさまざまの

 おもい閉ざしてシャッター開かず

はつなつの三保沖、江尻、生じらす

 月夜の晩に従姉をさそう

茹でじらす晩夏ほろ酔いゆうぐれは

 袖師、横砂、かぜふくままに