アパート日記 10月

吉良幸子

もう東京で同居して2年だし、水牛で書いてよ、と美恵さんに言われ、アパートの日々を書いてみる。1年前にも同じことを言われて絵日記を書いてたけど、半年くらいでやめてしもた。載る場所があるなら続くやろか…と、ともかくやってみる。
うちは公子さん(78)と私(34)と猫のソラちゃん(甘えたのおっさん猫)の2人と1匹暮らし。公子さんは私のばあちゃんやなくて仕事のパートナーでルームメイト。2間しかないアパートやと、仕事の色々をチェックしてもらうのも楽チン。襖越しに会話したり、猫も行ったり来たり。部屋の間に着物が吊ってある、置屋さんみたいで楽屋部屋みたいなところ。ごちゃごちゃしてるから気軽に人を呼べへんけども、ちょっとずつ片付けてきれいになってきてはいる。

10/24 火
誕生日のプレゼントに美恵さんへ作った名刺を渡すという名目で味とめへ。本音は美恵さんと昼呑み。火曜日は味とめのおかみさんも店へ来はるのでぶつけて会いに行った。もう1年くらい姿を見てなかったけど、想像の100倍は元気になってはってほんまによかったと思う。1時間自分の周りのアレコレを話しまくって、お客さんにおかきを配ってさっと帰りはった。大手術したとは思えへん生命力でほんまにびっくりした。
公子さんはうな重をみんなで分けて食べようと1週間前くらいから言うてはった。うな丼では鰻が細かく切られてるからうな重を食わねば!と。3人で分け分けして食べたけど、やっぱり味とめはうな重もうまかった。
帰りに整骨院へ寄って揉んでもらう。いわと寄席のチラシの文字のことを褒められて嬉しかった。家へ着いたら美恵さんからもらったセーターを着てみる。ぴったりでした、ありがとう美恵さん。いっぱい着るね。

10/25 水
早朝に頭の方でにゃーと聞こえ、外を見ると塀の上にソラちゃん。俺、帰って来たし入れてんか、と言うているらしい。夜中から明け方はソラちゃんの独壇場で、公子さんは特に振り回される。外へ行けるようにちょっと開けてあるのに、わざわざあっちもこっちも開けてんか、とにゃこにゃこいう。ごはんもほしいなぁと私の所へもくる。そういう風にかわりばんこに両方の部屋へきて、たまに一緒に寝て、そうしてお日さんが完全に昇るとどっかへ出かける。外へ出勤するなら千円札でもくわえて帰って来てくれたらええのに!と常々いうてるが、持って帰ってくるのは生きたねずみばかり。もうねずみはいらんで、ソラちゃん。
遅番バイトで0時半に帰宅。公子さんが心配して私の帰りを待ってくれてはった。アルミのひとり用の蓋つき鍋で雑炊をいただく。生姜とたまごとネギとご飯半人前を一煮立ちさしただけやけど、昨日美恵さんからもらった汐吹しいたけも一緒に食べるとものすごいご馳走やった。踏んだり蹴ったりな1日やったけど、あったかいお鍋でお腹も気持ちも落ち着いた。
私がご飯を食べるのを見届けて公子さんは近くのコインランドリーへ。こんな夜遅くに、いっぱいの濡れた洗濯もんを手押し車に乗せて乾かしに行かはる。夜の散歩を兼ねているねんて。そろそろ近所で洗濯おばあさんと呼ぶ人が出てきそうな気がする。

10/26 木
前日がどれだけ夜遅くとも、映画のためなら早起きできるのが私のいいところ。今日は朝から2本観に阿佐ヶ谷へ行った。2本ともアタリで、むちゃくちゃおもしろかった! 1本目の吉原のは、カラーやったし建物や着物の色がものすごい綺麗やった。最後の次郎左衛門が斬りまくるシーンなんか、花魁の着物も相まって息をのむほど美しかった。2本目の原作は獅子文六で、読みたくなり世田谷図書館で早速予約した。図書館はほんまにありがたい。こっちの映画は伊藤雄之助が最高にカッコよかった。
それからぶらぶら商店街を覗き、高円寺まで歩いて古道具屋へ向かった。取っておいてもろた柳行李を迎えに行ったら、ビニール袋に入れてくれてはって行李の頭が袋から覗いておった。こんなん持って電車乗り継いでるやつは滅多におらんやろうなぁと思いつつ、人の多いところで持って歩くのはちょっと恥ずかしい。それでも風呂敷包みで置いてた着物をやっとしまえるぞ!という嬉しい気持ちの方が大きかった。
今日観た映画:「妖刀物語 花の吉原百人斬り」「広い天」

10/30 月
2、3日前から公子さんのXことツイッターにログインできない事件が発生。問い合わせるもうんともすんとも返事がない。今週末に迫ったいわと寄席のお客さんの予約も少ない。とりあえず宣伝できないのは厳しいし、どないしようかとアパートはちょっとどんより気味。
昼過ぎに公子さんは病院へ行って、最近よく行く割烹やまぐちの前で夕方待ち合わせした。とりあえず新しいアカウント作りましょか、と提案して乾杯。理由はなくとも酒は飲む。今日はお腹がぺこぺこやったから定食にした。やっぱりここは安くておいしい。お店のおとうさんもおかあさんもええ方で、カウンターの席はいつもお馴染みさんでいっぱい。家の近くにあって嬉しい場所。
帰宅してすぐ、新しいアカウントを作るために公子さんのMacBook Air(通称 エア子)に向かった。エア子は漢字変換が恐ろしく弱くて打ち直しが多くなる。急に公子さんは、明日用にゆで卵作るね!とほろ酔いで卵を茹ではじめる。ソラちゃんはTシャツに包まって寝ている。私が作業してたら当の本人はさっきの日本酒で酔っ払って、布団に入ってソラちゃんとウトウトしている!
…やっとできましたよ!!と言うた時には半分むにゃむにゃしてはった。自由やなぁ~と思わず爆笑してしもた。