むもーままめ(10)あるCDショップの想い出の巻

工藤あかね

私にとって池袋は青春の地である。子供の頃は東口の西武百貨店の屋上で遊ぶのが楽しみだったし、学生時代は西口によく出没していた。最初に通った大学はまさに西口にあったから、授業の合間には池袋マルイにあったCDショップに入り浸って、中腰の状態で目を皿のようにしながら棚を漁った。

視聴コーナーでは新譜も聴けたので、半分目を瞑った状態でヘッドフォンを頭から被り、買って帰るかどうか吟味した。もちろん視聴できるものばかりではないけれど、ジャケ買いをするかどうか、ウダウダオネオネしながら何日も迷ったのも楽しい思い出だ。そのショップにはコンパクトながらオペラのコーナーもあったし、CDジャケットを見ただけで聴いてもいないのに勝手に胸がときめいてしまうような商品がわんさかあったのだ。

当時の私はホセ・カレーラスというテノール歌手がとても好きだったから、彼がオペラの扮装で表に出ているCDを片っ端から全部買い揃えることができたらどんなにいいだろう、と思っていた。当時は今よりも値段が高めで2枚組や3枚組のCDを何組もそう気軽には買えなかったので、まずはお店でジャケットを見てうっとりし、裏面をひっくり返して出演者の一覧を見てため息をついて、帯の言葉を反芻し、値段を見て、結局棚に返す、という切ない工程を連日繰り返していた。だから、何かの弾みでお目当ての商品を買う勇気が起こった時は、宝物を抱えるみたいにして家に帰り、ドキドキしながら対訳を開いて音楽をかけるのが至福の時間だったのだ。

それから数年後、久しぶりにそのCDショップに行ってみようと思い立った。一時期とくらべて、CD販売の店舗数が急激に減ってきている時期だったから、すこし不安はあった。果たして行ってみると、やはり、もう、そのお店はなかった。

あの頃に、もっともっとたくさん買い物していたら、お店はなくならないで済んだのだろうか。
申し訳ないような気持ちになった。

今度は、そのCDショップが入っていた池袋のマルイ自体が閉店してしまった。あのマルイが閉店するなんてこと、考えたこともなかった。そして、マルイのすぐ近くにある、わたしの行きつけのビストロも9月から休業するという。池袋西口が、これ以上寂しくならないことを祈るばかりである。